すてきに勘違い
身長に意味づけだなんて!
一見すると劣等性と思えるような
体型や顔つきなど、見た目に関しては、
「生まれもったもの」だからと
「仕方のないもの」にできてしまう。
だけど、というかだからこそ、
自分で自分に意味をつけてあげられて、
「仕方あるもの」になりうるんだ。
しゃあないことない。
劣等性→他者から見ての事実
劣等感→他者と比べた自分の感じ方
ちがうんだ!ごっちゃになってた。
そしてたしかに、他者がいなければ、
どちらも存在しないものになる。
主観的な解釈といっても、
自分だけでは自分のことが見えなくて、
他者を通じて、その長所を捉え直すことが
できるんだ。
他者から聞かなくても、
自分を客観視して発見することもできそう。
どっちを選ぼうがじぶんの勝手。
動かさないものと
動かせるものがある。
どうも、特に「生まれもったものは」
動かせないからとあきらめてしまうし、
事実そうなんだけど、
解釈は動かしていいんだ自分で、と
思うとずいぶん楽になる。
どこかでだれかが意味付けしたり
解釈を変えたから、石ころに価値があるんだ。
そしてそれは、すべてのあらゆるものに対して
いえるのかもしれない。
理屈の上では、っていうのもわかるし、
感情的に言えば「そうはいってもさ」ってなるんだけれど、
「価値」っていう、とても大切なものも、
変えてしまうほどのことだと思うと、
劣等感や、あるいは自分自身の
「扱い」は大切に丁寧にしなきゃと思う。
人がいて、わたしがいる。
人がいて、価値が生まれる。
劣等感や優越感や、なんとか感という
感情の差が生まれる。
と、いうのが大前提なんだってことを、
わかっておくことと、
自分が悲しくなる方に「勘違い」
するんじゃなくて、
「すてきに」勘違いしちゃえばいい。
だって自分の人生だもの。
今日もお付き合いくださり
ありがとうございます。
きょうは平日に休みをとりました。
休日じゃないのに休みを取る感覚は
どうも不慣れで。(働きすぎかも)
で、土日が休日という休む日だとして、
「平日」が平らな日。
名付けた人は面白いなあと思いますが、
それもまた、素敵に勘違いして特別な日に、
しちゃえばいっか、と思いました。
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