mae3

24年1月からnote。100日で副業のタネを探して書き続け、エッセイを3冊書く講座に4月から1年通うことに。8月に1冊目を書き上げる予定。42歳会社員。日々の葛藤・悩み、本からの学び・問いかけ。好きな空、景色、ラーメン、日常の一コマからの気づきも合わせて綴ります。

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24年1月からnote。100日で副業のタネを探して書き続け、エッセイを3冊書く講座に4月から1年通うことに。8月に1冊目を書き上げる予定。42歳会社員。日々の葛藤・悩み、本からの学び・問いかけ。好きな空、景色、ラーメン、日常の一コマからの気づきも合わせて綴ります。

マガジン

  • 優れた起業家が実践する5つの原則とは

    起業、小さな起業、副業を考えておられる方のなにかのきっかけになれば幸いです ▼ 「エフェクチュエーション」とは、インド人経営学者サラス・サラスバシー氏が、著書『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』のなかで提唱した理論で、優れた起業家に共通する意思決定プロセスや思考(考え方)を発見・体系化した市場創造の実行理論。 サラス氏の研究によると、優れた起業家の89%がエフェクチュエーションの理論を実践しているというが、このエフェクチュエーションは起業家を目指す人だけのものではない。 この考え方の日本初 入門書として書かれた『エフェクチュエーション』を読んでの感想、気づき、自分なりの解釈を書いた投稿をまとめています。

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人柄に文章があらわれる

文章に人柄があらわれる、と思ったエッセイ。 の、あとがき。 でも、人柄に、文章として書いていることが、 逆にあらわれていく「向き」もあるのかなと、 読んでいて思ったんです。 noteで毎日書いてるところに 自分があらわれてるんじゃなくって、 そこに書き出している文章が、 自分を、その人柄を創ってる気がします。 得意じゃないと、ゆってしまう。 あとがきでそれをゆわれたら、 ここまで読んだのはなんだったんだ! ってなります。 けど、そんなことないです、と 全力否定したくなる

    • かかとを浮かせる

      正義感や高尚な理念。 総理大臣や、知事、経営者などには 求められるのかもしれないけれど、 たとえ求められなくても、 そういったものは、会社員、一般市民でも 持ってていいんじゃないか、 持ってるんじゃないか、と思ってきた。 し、自分も持っているつもりだ。 持つか持たないか、ではなくて、 「とらわれないこと」と思った。 「しばられないこと」と思った。 あの人は「あんな高尚な正義や理念をいつも 語っているのに」と、 挨拶の仕方や、おはしの持ち方や、 ちょっとした一言で、 「ああ

      • 自分自身を編集する。社会の風を編集するストーリー。

        才能カクテル飲み放題。 変人や天才と戦友になる。 一冊の本を通して成長する。 いち会社員、いちnoterには程遠い世界だけど 引き寄せてみればヒントはあるかもしれない。 〇〇カクテル飲み放題。 仕事では自分以外皆師、だし、なんでやねん! と思う人やコトすべてをカクテルにして飲む。 noterの皆さんは本当「変人・天才」とあえて 言っても過言ではない人たちで日夜投稿され 出会うことができる。コメントもできる。 では「一冊の本」は何にあたるか? それは人生そのもの。という

        • 谷川俊太郎さん

          谷川俊太郎さんの詩を以前書きました。 訃報を受けて、あらためて、 自分の書いたものを読み返して、 また書きたくなりました。 当時の感想と、また違う感想になりそうで、 それもまた何度読んでも沁み入る、 自分のうちからくるものを変化させてくれる 魅力があります。 日記のような詩、 と谷川さんに言われたら読みたくなります。 書くのは、思う以上に 日記のようでない詩を書くより難しいのかな と想像します。 日常に私たちは、日々常にあるからこそ、 見落としたり、見えなかったり、 見失

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        人柄に文章があらわれる

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        • 優れた起業家が実践する5つの原則とは
          4本

        記事

          ルールを守るかルールを変えるか。

          〇〇とは何か? を考えるときには 〇〇でないとは何か? から考えると、 道筋が見えてくることがありますね。 また、戦略→戦術、と考えがちですが、 あいだに作戦、を入れると急に楽しくなります 〇〇大作戦、と名付けてしまえば、 とたんに回り出すイメージがわくのと、 大勢の人と仲間になりやすくなります。 戦術はわりと「言われた通りに淡々と」の イメージが強いからでしょうか。 TOYOTAのKAIZEN(改善)は作戦ですね。 「同じ土俵で勝負する」というのがまさに そうですね。

          ルールを守るかルールを変えるか。

          訳もなく好きなことの尊さ

          息抜きと趣味は違う、といえば違う。 そう考えたことはなかったけど、 「趣味は?」と聞かれた時、または聞いた時の、 回答は「仕事以外の」「仕事を忘れ夢中になり」 「仕事のストレス解消法」を指すことが多い。 バスケ、サッカー観戦、読者、ラーメンが 「趣味」として答えてきたが、 「本当の趣味」は、なんだろう?と思ってきた。 「ストレス解消法」であるから、 なるべく、いやまったく負荷のないものが、 多いのがいまの「趣味」なのかもしれない。 となると、「趣味を仕事に」というのは、

          訳もなく好きなことの尊さ

          問いはTOY

          問いはTOY。 人類そのもののような深い歴史、哲学である と同時に、人生を面白くしてくれる、 「おもちゃ」のようにも思います。 特に幼児期の子どもたちの問いは、 時に大人を困らせるように無邪気で、 大人には思いつかない発想で、 周囲を驚かせては、新しい気づきをくれます。 「月はおちてこないの?」とか 「なんで車はくるまって名前なん?」とか。 もちろん仕事でも、問いなくして 前に進まない大切なものとして私自身、 こだわっていること、「探究」しています。 「どう当たり前か」

          問いはTOY

          迷ったときは、ああ、わたし嫌なんだなそれ、と自分に正直になる。

          そんなこと、とは、たとえば、 自分がNOだと思うこと。 〇〇のためには譲れない、主張したいこと。 「そういうこと」が、私は苦手です。 正確にいえば、苦手だ、と決めておくことで、 自分を防御してるんです。 何が起こっているかを認識するー。 相手の反応に対して私は比較的、 感情的になりにくいので、「何が起きているか」 は、認識している方だ。と思っていました。 が、その場で起きていることの認識はしても、 二つ目の、 「それに対し自分はどう感じているか」は、 認識しておらず、

          迷ったときは、ああ、わたし嫌なんだなそれ、と自分に正直になる。

          自分を仲間に。

          「みんな等しく平らな場所を歩んでいる。」 平たい言葉ですが、深い言葉です。 あの人は高いところ。私は低いところではない 自分だけ険しい道、ではなくみんな平ら。 「上ではなく、前へ」 追い抜くでも追い抜かれるでもなく前へ。 幼い頃から競争が当たり前の世界で 生きてきたので、これもまた当たり前すぎて 気づけていないことでした。 「競争しなくていい」は新鮮。 理想の自分が、前の前の方にいて、 そこに近づいていくだけ。 そこにたどり着くための、自分のための ルートや速度

          自分を仲間に。

          自分を選ぶ人生

          生まれた時から当たり前でした。 なので今も「当たり前」と思っていました。 法律の力はすごいことと、 法律が人の無意識までつくることと、 それが226年も積み重ねられたものというのも それが今、社会の風が変わろうとしている瞬間 だということも、すごいことです。 当たり前は、変えられる(かもしれない)。 未来は、変わっていく (意志があっても、きっとなくとも) 「捨てる」ことは、気づきにくい。 自分が男性だから、というのと、 4%という現状とから。 226年間「捨てられている

          自分を選ぶ人生

          文系か理系か?から考える、豊かに生きる考え方

          高2になると、文系か理系か、を大学受験のために選びました。結果は、それから35年たって文系を選んだ悔いはないのですが。 「分かれてることの意味」を、 当たり前のものとして受け取ってきたことを 思うと、もうちょっと疑ってみても、 良かったかも?と思います。 その問題そのものの前に、どのような経緯で、 生じたのか?を考えるのがいいなあと 思いました。 あやうく、文系理系とわけるのはダメだ! みたいな論調になりそうなところですが、 何事にも経緯があるんですもんね。 何事にも、

          文系か理系か?から考える、豊かに生きる考え方

          ごめんなさいと言う勇気

          山田ズーニーさんの 「おとなの小論文教室。」より。 とてもハッと、身につまされました。 ↑全文通してお読みいただくのがおすすめです 「合う合わない」はあります。 「合うだけの人」だけになるように 「排除」したらどうなるか? ここまで考えていくととてもリアルで、 自分含め、ありふれた日常のように思えます。 それが善か悪か、もわからずにいますがー。 「分断」と「多様性」の世の中で、 それは世の中の大きな話ではなく、 身近な私たちに潜む、闇であり光でもある。 そんなことを思いま

          ごめんなさいと言う勇気

          自分を蔑ろにしない〜ないがしろをのびしろへ〜

          「強さ」がなくて、どれだけ人生の悔いが あったことかー。42年で色々ありました。 デートに誘えずに違う話をした。 仕事の面接で、言い淀んで言えなかった。 新しい趣味を、始める前に諦めた。 友人になりたいと、自分から声かけなかった。 どれもあります。そしてこう言うんです。 「どうせ、自分は出来ないんだ」と。 やる前に、出来ない理由を並べては、 自己憐憫。 だれにラベルを貼られたわけでもないのに、 「自分を信じないのは自分」なのに、 自分への憐れみが、自分を築いていました。 自

          自分を蔑ろにしない〜ないがしろをのびしろへ〜

          「他者といる技法」

          そんなこと、考えたこともなかったので 目が丸くなりました。 考えてみましたが、しゃべってるか、スマホしてるか、窓の外を眺めているか。相手の様子を見ているかー。かな。 そしてまさか、「技法」?なんてことも 意識したことはなかったです。 不穏な空気!笑 で、たぶん言葉がでなくなります。 なに考えてんの?と、相手によっては 聞きそうですが大抵の場合、居心地がわるくて 立ち去りたくなります、きっと。 ほんとに! 何をしてるか?ではなく、何もしなくなると? とまったく逆の問い

          「他者といる技法」

          優しさファンタジー

          好きなタイプ→優しい人。 結婚するなら→優しい人。 理想の上司→優しい人。 たぶんぜんぶ、微妙に。いや、けっこう 違うんだと思うんですが、ひっくるめて、 「優しい」善。ってありますね。 その違いを考えたことはなかったです。 優しさの定義をするのがまさか「育ち」とは。 てっきり、その人の価値観とか性格とかかと。たしかにその両方とも育ちからきています。 それがどんなに身近な人であれ、 「違うんだ、優しさの定義」と思うところに、 ふりかざした刃を鞘におさめるおさめどころ が

          優しさファンタジー

          書くことは好き。話すことは苦手。と思ってたけど、話すこともがんばるには。

          自分は意見を通したいと強引に行けない ところがあるので、押されると引きます。 で、我慢しちゃうんですよね。 最近は、「アサーティブ」を意識するので、 相手を尊重しようとがんばるんですが、 そうすると感情的に反発心が出ます 笑 紛糾してもよいことがない。 「言葉のトゲを抜く」発想もなるほどっと 思いましたが、抜くためには、 「言い換える」ってことがまたなるほどなと 思いました。 すり替える、でも、 受け流す、でも、ないんですね。 受け止めて相手を尊重しつつ、 変換するだけ

          書くことは好き。話すことは苦手。と思ってたけど、話すこともがんばるには。