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自由を選択する自由


先日、こんなことがありました。東京駅のみどりの窓口で、僕の前に外国人のお客さんが並んでいたのです。彼はどうやら日本語がしゃべれないようで、しかも、駅員さんも英語は苦手らしく、切符を購入するのに、かなり手間取っていました。英語に堪能だったら通訳を買って出るのですが、あいにく僕はそうではないので、やり取りを見ていることしかできません。

「3652 伊坂幸太郎 エッセイ集」
伊坂幸太郎

以前、アメリカ在住の日本人の友人が
「新幹線切符には日本語しか書いてない」
と言っていたことを思い出しました。

たしかに。

社内アナウンスは今でこそ、私鉄でさえ、
英語が流れるのが当たり前になってきましたが
どことなく不思議な感じがします。
(おもてなしとしてとてもいいことの前提で)

アメリカで切符を買ったら日本語が書いてあり
車内アナウンスが日本語だったら・・

どことなく、びっくりします。
この「差」は、きっと、
100年後も変わらないのかな。
100年前からしたら日本は変わりました。

しばらくすると、駅員さんがこう言いました。「リザーブシートオア ええと」
「指定席か、それとも自由席か?」と質問をしたかったのでしょう。
「指定席」は「Reserved Seat」と言いますから。ただ、「自由席」を英語で何と言うのか思い出せなかったようで、駅員さんは「ええと」と言ったきり、無言になってしまいました

同上

たしかに、自由席を英語で?って悩みます。


指定→リザーブ(予約確保)っていうのは、
言われてみるとわかるけど、
パッとでてこないよなあとも思います。

日本語で指定って言うと、
かなり強制感とか、「おれはここにするぜ」
という強い意志を感じますが、

リザーブは、
「とりあえずここを抑えとく」
というゆるい感じが残ります。

たぶん、「自由席」は「Non-reserved」と言うのでしょうが、僕にはそれを伝える勇気はありませんでした。三十秒ほどたったでしょうか。駅員の顔がぱっと明るくなりました。「ああ、ようやく思い出したのだな」と思ったのですが、駅員の口からは、予想外の言葉が飛び出しました。「フリーダム?」「リザーブオア、フリーダム?」と訊ねたのです。

同上

フリー、とか、フリーダムって
言ってしまいそう!

ノンリザーブ(予約確保しない)っていう
発想がそもそもでてこないし、
英語的な発想がして、面白い。

別の言葉をつけなくても、
ノン。と反対、否定にしておけば
応用力があるし、
「ノン」というのが苦手な私からすると、
「あえて選ばないんだぜ俺は」
という強い主張を2文字(英語で3文字)で
表せるところをうらやましく思ったりします。


フリーダム?いや、たしかに「フリーダム」は「自由」という意味なんでしょうが、少し違うのではないでしょうか。外国人のほうも不思議そうな顔で、「フリーダム?」と聞き返したりしています。まさか、こんなところで「自由か?」と訊かれるとは、思ってもいなかったのかもしれません。

同上

あなたは、指定して生きる道を選ぶのか、
それとも「自由」な道を選ぶのか?

異国の地で、新幹線の切符を買うだけのつもり
が、人生の生き方を問われるなんて、と。

リザーブする生き方とは、
あるすでに固定された席があり、
その枠組みの中で選択していく生き方。

自由な生き方とは、
その枠組みにとらわれない生き方。

とでもいえば、大袈裟でしょうか。

フリーダム、と言ったら、とても魅力的な座席に聞こえるじゃないですか。そう訊ねられたら、「自由席」のほうを購入したくなるよな、と思いつつ、その駅員さんが自分の仲間のように感じられたのでした。


「わたしは自由を選択する」
「自由というものを指定する」

とも見えてきます。

そう考えると、
その日、その時の気分で、
窓の外の景色をみたいなと思えば、
窓側の席を。

新幹線に乗る人たちの機微を観察したり、
通路側の人に左右されず、
トイレに自由に行きたいとか、のときは
通路側を。

そうして自分の席を、自由に選ぶと言う
「指定」をすることもまた、
魅力的にみえてきます。

でも実際には、満席になる不安があるので、
指定することで、安心を買うのはあります。

指定席と、自由席の値段の差は安心の差で
あって、魅力の差でいえば、自由席の方が
お値段以上かもしれません。

(ちなみに私は、始発駅である新大阪駅からは 
 自由席を選びます)

人生の行き先の選び方は、
リザーブかノンリザーブかではなく、

選択する意志を持つことからはじまる。
フリーダム切符。

自由とは、選択できることだ。


今日もお付き合いくださり
ありがとうございます。

窓口で戸惑う駅員さんと、
外国人観光客のやりとりがエッセイになる、
伊坂幸太郎さんの、見ている世界が、
こうして、ほんのすこし見させてもらえるって
いうところが面白いし、
伊坂さんの日常をみる自由さが魅力です。

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