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「もう前と同じ自分では帰ってこられないのだ」旅する。


びっくりしているのに、どんどん旅慣れていく。荷作りの時間もどんどん短くなっていく。でも旅の前の「もう前と同じ自分では帰ってこられないのだ」という気持ちだけは変わらない。きっと旅をするにあたっていちばん大事な気持ちだと思う。

「人生の旅をゆく」吉本ばななさん

「もう前と同じ自分では
 帰ってこられないのだ」

そう言われると切ない。

自分が自分でなくなるかもしれない。

かといって今のままの自分でいたいわけでない

旅する前はルンルンでしかなかったのに、
そう言われると旅する前がドキドキする。

でも
小学生の頃の遠足前夜、眠れないドキドキは
これなのかもしれない。

普段の学校生活、教室という日常を離れる。
離れ得て、帰ってきた翌日の教室、授業、
友人関係が変わる。自分が変わる。

旅は遠足だ。

22年前、初海外旅行のインドにいって、
人生が変わったことを思い出した。

もう、その前の自分には戻れない。

だって、ほんとうは毎日が旅なのだから。
そのことを普段はごまかしているけれど、ほんとうに遠くへ行くときにたまたま気づくだけなのだ。

同上

毎日が遠足だ。

忘れてた。

毎日、昨日とは違う自分になって、
帰ってくるんだ。

いってきます
いってらっしゃい
ただいま

じゃーん。
今朝のわたしと違うでしょ。

っと、普段はなんでごまかしてるんだろ。

恥ずかしいからかな。

変わることって、恥ずかしい。
照れる。

だから、旅のせいにする。
子どもたちは、遠足のせいにする。

うん、そうしよう。

人生は自分のもので、
そして思い出を・・・・・絶対に人にはゆずることのできない、自分だけのものすごい、でっかい、たくさんの、かけがえのない、びっくりするような、お墓に入るときににんまりしちゃうような・・・・・・思い出を作ろう!と。

同上

思い出は、思い入り。

お墓に入るときに、入れるもの。
そして、どこかの誰かにも、たしかに、
にんまりするものとして、入ってる。


思い出をたくさん作ったからって安全とは限らないし、長生きできるかどうかもわからない。でもそれはもともと誰にもわからないことだ。でも思い出をたくさん作ったら、自分で判断できるようには確実になってくる。そうしたら、たとえ死んでしまうとしても自分の判断で死ねる。

同上

自分の判断で、思い入る。
どうせなら、たくさん入れとこ。
遠いとこのも、入れとこ。

もしも、カレーにたまたま猛毒が入っていて今日死んじゃったとしたら、私はきっと、やっぱり自分がこの一皿を選んだんだからしかたないな、と思って死にたい。

同上


私はエッセイというのが苦手で、いつまでたってもうまくなることはなさそうだ。この本の文章も読めば読むほどむちゃくちゃだが、ある時期を忠実に切り取っていることだけは確かであると思う。人生は旅である、思い出をたくさん作ろう、日本にいるとつらい、ということばっかり書いてある。でも思ってもいないことはひとつも書いていない。それ以外にこの下手なエッセイを誇れるところはない。

同上

誇れることはなくてもいい。
ただひとつ、自分のお墓に、思い入れるものが
あれば。

あしたの、知らない私に会いに行こう。

いってきます。

今日もお付き合いくださりありがとう
ございます。

下弦の月がきれい。

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