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時は、今だ。時を、書く。


今が、時だ。
旅人はいつでもこう思う。
自分はこの地に来るのが遅すぎたのではないか。もう少し早く来ていれば、もっとすばらしい旅があったのではないだろうか、と。

「旅のつばくろ」沢木耕太郎

書く人は、こう思う。
自分はこの文章を書くのが遅すぎたのではないか。もう少し早く書いていれば、もっと素晴らしい文章をかけたのではないだろうか、と。

一方で、
今書きたいことを、今書いているようにも思う

早すぎず、遅すぎず。
今しか書けないこと、今聞いた、今見た、
今読んだこの瞬間を、文字に込める。

それは街中で思わずシャッターを切りたくなる
ような美しい空、
見たことのない不思議な人工物。
何か訴えているような生き物の動き。

写真もまた、今が、時だ。

感情を揺さぶるもの、
感覚を削りくるような時がある。

それを放って置けず、書く時に、
あ、命が息してるって思う。

今が、時だ。

かつて私は、二十代のときのユーラシアへの旅の終盤で、イベリア半島から海を渡ってアフリカ大陸に行こうかどうしようか迷ったことがある。アフリカ大陸に渡り、マラケシに行ってしまえば、すでに一年が過ぎようとしていた旅がさらに二年にも三年にも延びてしまうような気がして、諦めた。

同上

今、書かなければ、
明日にも、明後日にも、一年後にも
延びてしまうようで、
というよりも、もう2度と書けないような、
怖さにも似た感覚に迫られる。

今が、時だ。

書くことはまた、旅のようでもある。

迷いを生むということは、
動いているからだ。


マイクロバスは、青森の市街地からやがて八甲田山系の森林地帯を走るようになった。
そこで、私がもうひとつ驚いたのは、その森林地帯から奥入瀬までの道路脇に、日本の観光地によくあるような猥雑な立て看板がまったくなく、気持のいい木々の緑の中をただひたすら進んで行くことができたということだった。

同上

書いていると、猥雑な立て看板のように、
自分を着飾って大きく見せたり、
目立ちたくて誇張してみたり、
読み手を意識しすぎて、偽りの自分になる。
時がある。

だから、今が、時だ。
邪念なく、今この瞬間の時を刻み込みたい。

木々が濃淡さまざまに異なる緑の葉をつけており、それが風に揺れ、あるいは朝の場光を通してキラキラと輝いている。また、その脇の渓流の水がやはりさまざまに異なる濃淡の青に変化し、激しい流れのところでは純白の飛沫を撒き散らしている。
美しかった。

同上

美しい文章は、巧さではないんだろうな。
自然と同じように、自然・体であること。
力まず、素直であること。

急ぎすぎた時や、
過去に囚われた時や、
未来にゆきすぎた時を、
語ろうとするほど、「旬」という瑞々しさは
うすまる。

川を流れる水も、
木々から葉が落ちる瞬間も、
いまその 旬・間 にしかない。

しかし、遊歩道が整備され、全体に整い過ぎているように感じられなくもない。ここも、そう、やはり想像以上にソフィスティケート、洗練されていた。

同上

整いすぎた文章は、アスファルトのように硬い
あるいは、
つまづいてしまうような、ひっかかりがなく
転びそうになることもなく、スーッと時が
すぎていくような文章は、洗練されすぎて
逆に入ってこない、流れてしまうかも、
しれない。

私は緑と青の美しい世界を歩きながら、どこかで思わないではいられなかった。もし、十代の頃ここに来ることができていれば、どれほど心を動かされたことだろうと。

同上

十代に、いま、ここのことを書いていたら、
もっと瑞々しいのかもしれない。
けど、もうそこには戻れない。

今が、時だ。
今、心を動かす旅に出よう。

私の同年代で、十年近く前に亡くなった作家の立松和平に「今も時だ」というタイトルの小説があった。確かに、かつてのあの時だけが「時」だったのではなく、今も「時」なのかもしれない。
いや、むしろ、ようやく訪ねることができた今こそが自分にとって最も相応しい「時」だったのではないだろうか。今が、時だ。

同上

「も」になるだけで、こんなに違う印象を
与えてくれる。

助詞ひとつで、物語に命がふきこまれる。

今が、時だ。

時は、今だ。

その時は、未だ。

自分は、時分でもある。
自らをこれ以上分けられない時に自分になる。

時を、これ以上分けられない今が、
自分をつくる時だ。

きょうもお付き合いくださり、
ありがとうございます。

そういえば、「とき」のつく漢字って
ないのかな、っておもってたら、
「ときめく」の、時なのですね。
びっくり。

とき‐め・く【時めく】 の解説

よい時勢にめぐりあって栄える。 時を得てもてはやされる。「 今を—・く小説家」

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