論86.研究所とブレスヴォイストレーニング(7823字)
○二つのパターン
声について、ずっと、研修や出版をしてきました。
結局、人に教えるときには2つのパターンがあると思います。
1つは、基本トレーニングです。基本というのは、なかなか現場や実践に結びつけにくいので、短い時間の研修、ほとんどが、初心者への入門においては、何のためにするのかが理解されにくいところがあります。
そこで、もう一つ、歌やセリフです。実際に使われるところ、つまり、応用をします。ケーススタディは、接点づけになります。わかりやすいので、ワークショップなどで使われるのです。ただし、その分、表面的に薄めているほど、できたという体験になるのです。
○研修で型か実践か
企業の研修でいうと、その企業の実際の問題に対して、アイディアを出し、解決法を探るというのは、応用実践的なトレーニングとなります。
しかし、そういったときに、どのように考えアイディアを出していくのか、それをどういうふうに実行していくのかというのは、基本になるわけです。
ケーススタディで、必ずしも基本的な考え方や問題の捉え方や進め方の本質について、習得させられるとは、限りません。
そういう場合は、形を覚えやすいようなモデルで学ぶ方が効果的なわけです。それが、どんな問題にも応用できる余地がある基本だからです。
○武道の型と技
武道でいうと、どこでも、基本の型があります。それは、本番という応用を可能にするための基礎トレーニングや柔軟運動などです。メンタルやフィジカルの強化トレーニングなどにあたるでしょう。
それに対して、応用というのは、基本の型の変形であり、何十種類何百種類の技としてあるわけです。本番である試合をみて、知ることができるわけです。
ところが、知ったところで身に付いているわけではないので、できません。
何度も繰り返し、また、それでも足らないところの局所的な力をつけるために、トレーニングを行うわけです。
もちろん技の中にも、基本の技というのがあり、この2つはくっきりと、わかれているというよりは、練習において、段階的にわかれているといえましょう。
ですから、研修や本も、前半のほうに基本があり、後半のほうに応用実践の練習があります。
○私と研究所の差異
私の場合は、理論を基本、練習を実践というように二つに分けることが多かったのですが、徐々にもう一つ、別の分け方にしてきました。
スタンスとして、研究所としての基礎トレーニング、私自身の基礎トレーニングと分けるに至りました。
書籍やホームページなども、ある時期からは、私の名前での執筆と研究所所長としての監修とで分けました。
私自身が執筆するものと、研究所のトレーナーが行っていることを私がまとめるものとは、分けたのです。これは30年以上出してきた、月刊の会報でも踏襲しているつもりです。
○書籍での分類
私の出した書籍では、次のようになります。
a.ブレスヴォイストレーニング
役者、ポピュラーミュージック対象
「ヴォイストレーニング基本講座」
「ヴォイストレーニング実践講座」
「自分の歌を歌おう」
「読むだけで、声と歌が見違えるほどよくなる本」
「ヴォーカルの裏ワザ」
「ヴォーカルの全知識」
「ポピュラーヴォーカルのためのヴォイストレーニング」
「ポピュラーヴォーカルのためのヴォーカルトレーニング」
「声と呼吸から始めるヴォイストレーニング」
b.研究所のヴォイストレーニング
一般向き、
声楽、カラオケ、ミュージカル、合唱、JPOPなど対象
「ヴォイストレーニング大全」#
その他の音楽教本や一般ビジネス書
例えば、シンコーミュージックの「ヴォイストレーニング基本講座」と「ヴォイストレーニング実践講座」、音楽之友社の、「自分の歌を歌おう」や「読むだけで、」さらに、「裏ワザ100」などは、比較的、私のブレスヴォイストレーニングと名づけたヴォイトレ色の濃いものです。
それに対して「ヴォイストレーニング大全」などは、一般的な教科書として、独学や自主トレーニング、研究所のトレーナーも他のところのトレーナーにも使いやすいように編纂されています。
○初心者、入門が中心
私の出した一般向けの書籍は、ほとんど基本トレーニングをメインとしたものです。出版社の想定する対象になる人が、はじめての人、一般の人がほとんどだからです。
それは研究所の中でも同じようなことがいえます。7割の人は、声をプロとして使うことを仕事にしているわけではありません。
ただ、その辺が、声のややこしいことで、仕事をしている人のほとんどは、仕事の中で必ず、声を使っているわけです。
ここで、声のプロというのは、主に、歌手や声優、役者や噺家、アナウンサーやディスクジョッキーなどのことです。もちろん、講演家やセミナー講師や語学教師なども入るわけで、明確な区別はできないのです。
○プロとは
これは、歌い手や役者というプロの人が教えるときにも、参考になることだと思います。その人たちが自分のやり方で手取り足取りして、ていねいに教えるほど、教えた人たちに似ていくわけです。それがよいか悪いかは、目的や人によって違ってくるでしょう。
歌手や役者にかぎらず、さまざまな要素があるので、ヴォイストレーニングというなら、声に限って判断しなくては、何ともなりません。つまり、一声でプロの声とわかるというようなことが一応の条件になります。
○楽器としての身体
演奏家などは、まずは、最低限、プロの人たちと同じレベルでの演奏ができる上で個性が開花していくものです。
しかし、歌手や役者の場合は、その判断が、そうした共通の基盤の上にのっていないのです。身体という楽器や使い道が、それぞれ全く違うからです。あまりに対象も目的も広範なのです。
○プロの声
比較的、演奏家の考え方に通じるオペラ歌手やミュージカル歌手の場合は、音大で習得するようなことが、学ぶ者としてある程度、明確です。オペラのイタリア歌曲の歌唱であれば、少なくとも、どこから学んでいくかというのが、ステップとしてあるからです。何年かの間、学んだことで、始める前と声がどのように変わったということも明確だからです。
新人アナウンサーでは、滑舌や話し方は、正しく流暢に変わりますが、声そのものは普通の人と変わらないでしょう。それでもプロであり、プロを何年も続けると、声も素人とは異なるだけのものにはなっていくのです。
○ポップスの声
ポップスの場合は、素人がいきなりスターになったりします。そこまで生きてきた人生そのものが習い事になっているので、複雑なのです。似た人や同じような人はいらない点でも、特別です。
例えば、ミュージシャンとして、プロで演奏してきた人であれば、ほとんど声を出して歌ったことがないというような人以外は、歌ったら、リズムや音程を外すことはないでしょう。
発声のトレーニングだけでも、レコーディング可能な歌に、一応は、なると思います。そこで作詞や作曲ができていれば、シンガーソングライターです。ただし、それで、声の力、歌唱力があるのかとなると、やはり、専門外でしょう。
○唄い手の声
シンガーソングライターにも、声の魅力や歌唱力は、最低限、必要です。とはいえ、少なくとも、プロの作詞家と作曲家から曲を提供してもらい、それを専ら歌ってきた職業歌手ほど、声に実力を問われるものではないと思います。
特に日本の場合は、声や歌唱力に関しては、国際的に見ても、磨かれていないし鍛えられていないし、レベルが高いとはいいにくいです。
ですから、ヴォーカリストや歌手というのでなく、ここでは、わざわざ唄い手と表記しました。これは、一声聞くとプロとわかるような声を使っている人を示します。
○YMOの声
例えば、日本の音楽を代表していたYMO#、その3人の歌唱力を、どのように評価するかということです。本人たちが、声のなさを認めています。細野晴臣さんは、世界中のプロ歌い手の1番下手なものを集めて、聞いて、何とか自分もヴォーカルとして歌を録れると決心したようなことをいっていました。
レコーディング技術が発達したので、声は1つの素材として扱われています。特に彼らのような楽器、演奏では、そうでしょう。まさにヴォーカロイドと同じなわけです。
ミュージシャンであれば音程、リズムは外せませんが、その辺がいい加減であっても、修正できるわけです。ライブでは難しいですが、収録で、声量や共鳴のなさあたりは、あまり問われることがありません。
○海外との声の格差
海外の一流のヴォーカリストとの、声量、パワー、シャウトなどの違いは、国民性や民族性に根差すものですが、大きな差として捉えられるものだと思います。
それは同時に、日本のヴォイストレーニングのレッスンや教材などのレベルの低さにも表れています。メニュやプログラムが、初心者用なのはよいのですが、声そのものがあまりにも軽んじられています。
トレーナーの多くが、声が素人と変わらない、もしくは、喉声、生声です。それを何年、繰り返したところで、声がよくなるのでしょうか、むしろ、まねてよくなくなると思うのがほとんどなのです。
そうでないものは、声楽出身のトレーナーくらいですが、これもまた別の問題があります。きれいに美しく出せることは、ヴォイストレーニングでは、限られた目的にすぎません。
○教材の声
声や歌を入れないとわかりにくいのは仕方がないのかもしれませんが、ヴォーカルの教材一般においては、高音発声のコツやリズム、音程をとることだけで、声そのものがよくなりようがないことは、サンプルの声を聞いてみればわかります。
少し感性がある人であれば、何度も聞き返すことがきつくなるほどの不自然な発声が多いのです。聞くなり、不快なものさえあります。聞き続けると、かえって感性が鈍くなりかねません。
私が海外でいただいたもの、例えば、有名なヴォイストレーナーであるセス・リグスなどは、その声を聞いているだけで惚れ惚れとし、聞くだけで声が変わりそうなほどです。
日本でなら、トレーナーの声より、一流作品の声を聞きまくることでしょう。目的やトレーナーにもよりますが。
○練習のための教材
私はそういうことで、歌唱の教材には、他の人の声や歌の見本まねは、間違う元ということで、伴奏だけで入れてきました。セリフのところは、さすがに同じ声にはなりようもないことがわかるし、発音メインなので、声優にお願いしました。
歌唱に関しては、とても用心してきたのです。
セリフにおいては、メリハリとかアクセントとか課題を出すと、自分の声でしっかりと練習できるのです。
ところが、歌の場合は、高い声や複雑なメロディなどをとろうとして、どうしても声の出し方から無理をしてしまうのです。それがすべて悪いこととはいえないのですが、もともと、うまくできなかった人が急いで、それを使ってできるようにしようとするので、癖をつけてしまうことが多いのです。
ほとんどの人がまねて、自分の中心ではないような発声を覚えてしまうからです。
それが、自分の可能性の延長上にあればよいのですが、そういう人は、大体、こういった教材を使わないのです。
声そのものは参考にしないで、音程やリズムやメロディのガイダンスということで使うのであれば、楽器音だけで聞く方がよいのです。しかし、楽器音よりは、人の声の方がとっつきやすいのは確かです。
そこで工夫したのが、「ヴォイストレーニング大全」#です。
○似ているものほど間違えやすい
このとっつきやすいというのが、最大の難点なのです。
何もないよりは、あるとよいという点では、否定しても無駄でしょう。
例えば、女性であれば、男性の先生の声より女性の声の先生の方が見本にしやすいです。それも、ソプラノであればソプラノの先生、アルトであればアルトの先生の方が、自分に近いので自然に出しやすいし、まねがしやすいのです。
その逆の場合は、まねるのには、難しいです。しかし、男性の先生が女性を教えることもあれば、その逆もあります。パートが違っても教えることはできます。ソプラノ、テノールの先生がアルト、バスの人を教えることがあれば、その逆もあります。
その場合はとてもとっつきにくいのです。ただ、自分と似ていてとっつきやすい1人の先生の声から学ぶ場合、癖をそのまま受けてしまうことが多いので、それを避けられる利点があります。
そのまままねができないから、基礎的なところでまねるのです。
つまり応用でなく基本のところでまねるのですから、複数の先生が共通して求める基準を得ていくような効果があります。
ただし、とっつきにくいし、時間もかかるし、複雑です。人によってはなかなか馴染めないこともあるので敬遠されやすいのです。
研究所の場合は、2人以上のトレーナーをつけます。それもできるだけタイプの違うトレーナーが理想的です。
○選ぶのも才能であり実力
役者や歌手というのは、感性や直感力の才能、センスの問題でもあるので、どういったものでトレーニングするかというところで、すでに資質が問われると思います。
そこは人生の選択と同じで、本人のそれまで生きてきた経験値や、努力したり成し遂げていたことなどの延長上で判断されると思うのです。
研究所は、即戦力としての人材を集めるプロダクションではありません。そのプロセスを、一から歩み始めるために設けています。
ここで、感性やセンスも磨いていき、いろんなトレーナーにつきながらも、より自分に合ったトレーニング法を自ら開発できる力をつけ、それと同時に作品や自分の価値ということにつなげていけるようにするのです。
そのために必要なものは、ほとんど用意しています。もちろん、すべては、なかなか使い切れないようです。最初にいらっしゃるとき、しばらくレッスンを続けているとき、そのときの考え方や捉え方によって、ここを数倍に活かかせる人もいれば、数分の1にしか活かさない人もいます。特に、多くを深く学びたい人に、その振り幅を大きくできるように、改革し続けているのが、研究所です。
他のスクールのように、入ってきた人がいた期間だけ、それなりに同じくらいの力をつけて、出ていく、普通に歌の上手い人や滑舌、セリフ回しなどが、それなりにうまくできるような人にする、それで終わってはつまらないと思っています。もちろん、そこも本人が選び、目的が叶うまで在籍するわけです。
かつての役者の養成所は、1000人に1人のスターが出れば、お互いに、元が取れるというような体制でした。ここも発足時は、それに近かったかもしれません。全国から実力のある人たちがわんさと集まってきました。おのずと、そのなかで切磋琢磨され、取捨選択がされました。1996年くらいまでのことです。
私は、そのなかの才能や実力のある人の学ぶプロセスをできるだけ、リアルタイムに公開していけば、半分は仕事が終わったようなものでした。
ここに入るまでに、けっこうな実力を持っている人たちは、どうやって学んできたのか、他のところでも学んできた人たちは何をどのように学んできたのか、そして、それをここでどのように活用しているのか、それを相互にオープンにしてきたのが、研究所の創設期です。
ですから、しぜんに、毎月1冊分くらいの会報となり、その後、出版もされていきました。
参考
#教材の選び方
たとえば、研究所の教材の集大成の「ヴォイストレーニング大全」(リットーミュージック)は、
テキストには、一通り、説明から実践例まで、全て入っていて、わかりやすくなっています。
音源には、一度聞いたあとも、何度も使うのに、不要な説明などを入れないようにしました。繰り返して聞いて、耳にうるさかったり不快だったりすることがないようにしてあります。何回も聞いて実習するのに、説明などは、邪魔になります。
テキストと音源で、この2つのパターンがあるということです。
#YMOほか 、日本の音楽と世界進出について
グラミー賞受賞歴と日本人
1989 坂本龍一 ベスト・アルバム・オヴ・オリジナル・インストゥルメンタル・バックグラウンド・スコア賞 映画『ラストエンペラー』のサウンドトラック作曲
2001 喜多郎 ベスト・ニュー・エイジ・アルバム賞 アルバム『Thinking Of You』
2002 熊田好容 ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・アルバム賞 ラリー・カールトン&スティーヴ・ルカサーのライブアルバム『No Substitutions - Live in Osaka』のレコーディング・エンジニア
2008 中村浩二 ベスト・ニュー・エイジ・アルバム賞 ポール・ウィンター・コンソートのアルバム『Crestone』の太鼓奏者
小池正樹 最優秀ボックスまたはスペシャル・リミテッド・エディション・パッケージ賞 What It Is! Funky Soul And Rare Grooves [1967-1977]のパッケージ・デザイン
2010 由良政典 最優秀ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム賞 New Orleans Jazz Orchestra『Book One』の音響エンジニア/ミキサー
2011 松本孝弘 ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・アルバム賞 B'zのギタリスト。ラリー・カールトンのパートナーとして作成されたアルバム『Take Your Pick』が受賞
加藤明 最優秀ニュー・エイジ・アルバム ポール・ウィンター・コンソートのアルバム『ミホ:ジャーニー・トゥー・ザ・マウンテン(Miho: Journey to the Mountain)』のサウンドエンジニア
上原ひろみ ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバム賞 スタンリー・クラークのアルバム『The Stanley Clarke Band』のピアノ奏者
内田光子 ベスト・インストゥルメンタル・ソリスト・パフォーマンス賞 アルバム『モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番・第24番』
2014 八木禎治 ベスト・ラテン・ポップ・アルバム賞 ドラコ・ロサのアルバム『VIDA』を手掛けたエンジニア。同作で2013年(第14回)ラテン・グラミー賞も受賞。
2016 小澤征爾 クラシック部門 ベスト・オペラ・レコーディング賞 ラヴェル作曲:歌劇『こどもと魔法』。
2019 ヒロ・ムライ 最優秀ミュージック・ビデオ チャイルディッシュ・ガンビーノの「ディス・イズ・アメリカ」のミュージック・ビデオ監督
2020 徳永慶子 最優秀室内楽パフォーマンス賞 バイオリン奏者として参加しているAttacca Quartetのアルバム『Caroline Shaw: Orange』
小池正樹 最優秀ボックスまたはスペシャル・リミテッド・エディション・パッケージ賞『Woodstock: Back to the Garden – The Definitive 50th Anniversary Archive』のパッケージ・デザイン
高山浩也
小坂剛正 最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞 ヴァンパイア・ウィークエンドのアルバム『Father of the Bride』のエンジニア/ミキサー
2021 小川慶太 最優秀コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム賞 スナーキー・パピーのアルバム『ライブ・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』のドラマー/パーカッショニスト
大久保有記 最優秀合唱パフォーマンス賞
(Wikipedia)