普通は危険
私は、「普通、そんなことしないよね」とか「常識的に考えると・・・」みたいなことをつい言ってしまいます。
そのたびに、石田三成を思い出し反省します。
石田三成はとても頭がよく、豊臣秀吉があれだけ認めていた人物なので、優秀で誠実な人だったのではないかと私は思っています。
しかし、最大の弱点が自分の考え通りに人が行動すると思ってしまっていたように思います。
たとえば、「豊臣の恩顧の武将は西軍につくべきだ」と考え、自分とは仲が悪いものの、加藤清正や福島正則が家康に味方することが、ある意味信じられなかったかもしれません。
彼は、きっと頭が良かったので、家康の考えていることが見え、その思惑通りに豊臣家が分断されていくことに、なぜ清正や正則が気づかなかったのか不思議に思っていたかもしれません。
しかし、清正や正則には彼らの言い分も当然あり、後世からみれば、幼いと思わざるを得ない状況も、そこは人間は感情のある生き物なので、理屈では説明できない行動、自分の考えとは違う行動もします。
豊臣家の将来を考えれば、家康をみんなで倒そうという石田三成の考え方が正しいのかもしれませんが、正しさだけでは人は動きません。
私は、つい自分の思考や価値判断を基準にして、人に対して期待してしまうところがあります。
この「普通はそうするでしょ」という期待が、自分の視野を狭め、他人の気持ちを考えられなくなってしまう、危険な兆候かもしれません。
人それぞれ考え方は違い、そこに価値があることなので、「こうあるべきだ」と思ってしまったら、それは自分の固定観念だと気づく機会だったと思うようにしています。
しかし、このように理屈はわかっていても、なかなか冷静になれない時があるのも人間ですね。