当たる光が落とす影:Nikon Z50+NIKKOR Z 26mm f/2.8
公園の広いスペースに広がる影。
移動の制限が少ないため、撮影時の立ち位置を調整しやすい。
限られた空間でいかにして撮るか。
それとは異なる、広い空間をどうやって纏めるか。
自由度が高いことは不自由でもある。
広がりを感じられるように引き気味で撮るか?
太く濃い影を入れたら全体に締まりが出るか?
できあがりの良し悪しはともかく、こうして考えながら撮るのも楽しみのひとつ。
そして何かが生まれる。
鹿島神宮と夕方の枝ぶりで何かを掴んだというか、木々に当たる光と影の美しさを見出した。
のかも知れない。
しかし、場の雰囲気の違いなのか、全くもって神秘性は感じられない。
そのかわり、爽やかさはある。
これが神社と公園の違いか?
いや、早朝の杉林に入った時に見た、朝靄?霧?がかかった空間には山の神様的な雰囲気が感じられたから、神社とか公園とか関係なく、その場が何を持っているかなのだろう。
して、タイトルについて考える。
光が当たるから影ができる。
しかし影は、光を遮る何かがないとできない。
影は光の直接的な産物ではなく、影になる何かによって作り出される。
光が当たった木々が落とす影?
いや、木々が自身で影を落としているわけではないはず。
光が当たらないと影ができない。
では、影を落としているのは光なのか?
当たる光を木々が遮り影を落とす
これか。
でもあまり素敵なタイトルではないように感じる。
それであのタイトルになった。