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アナログ派の愉しみ/本◎マーク・トウェイン著『トム・ソーヤーの冒険』
トランプ前大統領は
トム・ソーヤーなのか?
腕白。男の子が世間の規範をものともせず、自由奔放に振る舞うことを意味するこの言葉は、かつてごく当たり前に使われていたはずだ。それがいつの間にかさっぱり見聞きしなくなったのは、少子化社会にあってもはや死語となりかけているのだろうか?
マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』(1876年)が少年の日のわれわれを魅了したのも、そこにはめくるめく腕白の
アナログ派の愉しみ/映画◎黒澤 明 監督『天国と地獄』
情が支配する時代劇の国、
法が支配する西部劇の国
黒澤明監督の『天国と地獄』(1963年)を、わたしは学生時分に映画館のリヴァイヴァル上映で初めて鑑賞したのだが、そのときに忘れられないできごとがあった。
大手靴メーカーの重役・権藤金吾(三船敏郎)が豪邸で社内抗争の秘策を練っているところに、ふいに電話が鳴って、男の声が、あんたの息子を誘拐した、身代金3000万円を用意しろ、警察には知らせるな、
アナログ派の愉しみ/音楽◎パガニーニ作曲『24のカプリース』
悪魔が奏でた
ヴァイオリンの秘密は?
その曲のイメージが、初めて耳にしたときのレコードによって固定されてしまうことがある。わたしにとって、パガニーニの『24のカプリース(奇想曲)』をマイケル・レビンの演奏で知ったのもそんなケースのひとつだ。おかげで、悪魔に魂を売り渡したという稀代のヴァイオリニストが残したこの練習曲集の不穏な気配にすっかりあてられて、以来、心ならずも遠ざける結果となった。
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アナログ派の愉しみ/本◎トルストイ著『イワン・イリイチの死』
死の恐怖と対峙した
文豪が突きつけてくるものは
夜中にふと目が覚めて、死の恐怖に襲われることがある。いつか必ず虚無の闇に呑み込まれてしまうという、切実な感覚が湧きあがってきて胸苦しくなるのだ。先だってもそんな発作が起きたときに、たまたま愛犬(オスのチワワ・13歳)が足元で寝ていたので手さぐりで背中を撫でさすってみたら、ほんの少し気持ちが落ち着いたのは、およそ死の恐怖とは無縁らしい小さな生命の息づ
アナログ派の愉しみ/映画◎熊井 啓 監督『海と毒薬』
いつか罰を受けるやろ
え、そやないか?
「ばってん、俺たち、いつか罰を受けるやろ。え、そやないか?」
医学部研究生の勝呂(奥田瑛二)が夜の闇のなかでタバコを吸いながら、そう問いかけると、同僚の戸田(渡辺謙)はせせら笑って答えた。
「罰って世間の罰か? 世間の罰だけやったら何も変わらへんで。俺もお前もこんな時代のこんな医学部におったから捕虜を解剖しただけや。俺たちを罰する連中かて同じ立
アナログ派の愉しみ/スペシャル◎別役実の思い出
「はなはだ異例ではありますが」
わたしが別役さんと面識を得たのは大学二年のとき、サークルの友人に誘われて評論同人会へ参加させてもらったのがきっかけだった。母校をともにする先輩の集まりとはいえ、ふたまわりも年上のただならぬ風体の論客たちが、たとえば品川駅近くのビジネスホテルの一室で車座になって、酒と弁当をむさぼりながら夜っぴて侃々諤々々するありさまには度肝を抜かれた。しかも、その主題が「近代的自我