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【書評#3】現実と超現実の狭間で

巖谷國士『シュルレアリスムとは何か』

主観的な幻想を描くのがシュルレアリスムという定義は明らかなまちがいで、ここで頭から消去しないといけない。むしろ、人間におとずれる客観的なものたち、つまりオブジェたちが生起し表現されるのがシュルレアリスムですから。

(巖谷國士『シュルレアリスムとは何か』ちくま学芸文庫、2021年、54頁)

2024年は芸術界隈にとって記念碑的な年だ。なぜなら、20世紀最大の芸術運動とも称されるシュルレアリスム運動が(正式に)誕生してちょうど100年の節目だからだ。

100年前の1924年、フランスの詩人アンドレ・ブルトンによって書かれた『シュルレアリスム宣言』。心の純粋な自動現象を、口述や記述などのあらゆる方法を用いつつ、表現することを目指すものと定義されたこの芸術運動は、はじめは文学で、次第に絵画や映画、写真などに拡張し、大戦間期という不穏な社会情勢の中で、世界のアートシーンを席巻する一大芸術運動となった。

本書が主眼を置くのは、「シュルレアリスム」という言葉の射程と、その芸術実践を分かりやすく原点に立ち返って考えることである。

一般的に、シュルレアリスム[surréalisme]は、日本語で「超現実主義」と訳される。この「超現実」という言葉。どこか現実離れして、全く別の世界のことを表しているようなニュアンスを帯びる。そしてこうしたニュアンスは、奇抜で現実離れしたものに対して我々が使う「シュール」という言葉にも反映されている。

だが、そうではないと著者は言う。フランス語のsurという言葉は「超えて」という意味の他に、「過剰」「強度」の意も含意しており、それゆえ「超現実」は「強度の現実」や「現実以上の現実」と捉えなければならないと指摘する。すなわち、シュルレアリストが考える超現実とは、日常の中で突如として見たことのない、未知の驚きを呼び起こすような現実のことを指すのである。いわば、現実と超現実は連続しており、度合や程度の差でしかないのである。シュルレアリスムの芸術運動とは、まさに、現実世界から不意に立ち現れる、無意識の世界を様々な技法を通じて捉えようとした運動なのである。

美術に限っていえば、シュルレアリスムの美術は大きく2つの道を辿ると著者は述べる。1つは、アンドレ・マッソンやジョアン・ミロに代表される「自動デッサン」の流れである。何も予定せずに手を走らせて、そこから立ち現れる線や図形によって有機的なイメージが生み出される手法である(図1)。これは、予定なく、頭に浮かぶ事柄を次々と速記していたブルトンの「自動記述」から派生したもので、まさに無意識の世界を表出する技法であることが理解されよう。

図1 ジョアン・ミロ《キス》1924年、キャンヴァスに油彩、
73cm×92cm、ホセ・ムグラビ・コレクション

そしてもう1つがサルバトール・ダリやルネ・マグリットに代表される「デペイズマン[dépaysement]」の流れである。こちらは本来あるべき場所にないものを出会わせて異和を生じさせる手法である(図2)。だが、こちらの手法はどことなく、無意識の世界とは遠いような印象を受ける。オートマティック性よりも、ある意味で理性によって計算されつくされた感さえある。

図2 サルバトール・ダリ《記憶の固執》1931年、キャンヴァスに油彩、
24.1cm×33cm、ニューヨーク近代美術館

とはいえ、著者はこの「デペイズマン」の流れも、ブルトンの「自動記述」の流れを汲んでいると指摘する。ブルトンが実験的に行っていた「自動記述」を見てみると、はじめは文章の体を成していたのに、速記のスピードをあげるにつれて、次第に名詞、動詞の原形、形容詞、前置詞しかない文章になっていくのである。ブルトンの「自動記述」は、それを突き詰めると、単語が脈略無く並置された「オブジェの世界」に至るのだ。翻って、先に言及したようにデペイズマンは、何の脈略の無いオブジェを並べた世界を作り出す手法である。したがって、デペイズマンも「自動記述」「自動デッサン」と親和性の高いものである。

(デペイズマンの典型例であるマグリットの絵画は)普通の意味では反オートマティックな絵画でしょうが、それでも不思議なことに、かつてブルトンのやった高速度の「自動記述」によって出現した、名詞同士が簡単な前置詞を媒介にして、あるいは無媒介的に並置されてゆく、オブジェの世界とよく似ています。

(同書、89頁)

本書は著者がかつて講義した内容を記録したものである。それゆえ、文章は読者に話しかけるような体で書かれており、難しい概念なども分かりやすい言葉で説明されている。確かに、シュルレアリスムが生まれや時代背景や、広がりに関してはもう少し深掘りしてほしかったような気もするが、それでも入門書としては最適であるように思われる。

「デ・キリコ展」をはじめ、今年はシュルレアリスムに関連した展覧会が多数行われている。そんな今だからこそ読みたい一冊である。

図版出典
1.ハル・フォスター、ロザリンド・E・クラウス、イヴ=アラン・ボワ、 
  べンジャミン・H・D・ブークロー、デイヴィッド ジョーズリット著/
  尾崎信一郎、金井直、小西信之、近藤学日本語版編集委員『ART SINCE
  1900: 図鑑 1900年以後の芸術』東京書籍株式会社、2019年、217頁。
2.同書、216頁。

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