みずさわぶな

30代、日常と本と旅、物語

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最近の記事

タイムカプセル【小説】#シロクマ文芸部#木の実と葉

「木の実と葉に思い出をとじこめるんだ」 サハラが木の幹にぎゅっと抱きつきながら話していたのを覚えている。 「そんなことできるの?」僕はたずねた。 「できるに決まってんじゃん!ワタナベもこっち来てやってみろよ」 僕はサハラと同じく、ランドセルを地面に放り、木の幹に身を寄せた。 通学路の途中、公園の隅にある大きなブナの木。午後のぽかぽかした光をたっぷり浴びた木肌は、温かくて、ほっとする香りがした。 「とじこめる思い出は決めたか?」 サハラは弾む声でたずねる。 「ま

    • 面白くありたい【小説】

      目の前に懐かしい人が立っていた。 「え?あ、お久し振りです」 私はシムラ先輩に頭を下げた。「お久し振りです」背の高い先輩の声が頭の上から聞こえる。 私は顔を上げて先輩を見た。昔と変わらない。 先輩の背後には長いエスカレーターがのび、仕事を終えた人たちが次々と出てくる。この港町のシンボルタワーの玄関口だ。 三日月の光のような、やさしい黄色のあかりに照らされて、タワーも、先輩の姿も、なんだか私をひどく感傷的にさせた。 「あの」私は口を開く。 「今、時間ありますか?」

      • プロショップナカガワ【小説】#シロクマ文芸部 #金色に

        「金色に光る人間を探しているんだ」 目の前の男は自信に満ちた態度で言う。 ナカガワはゆっくりと椅子の背もたれに重心を移す。背もたれのバネがギィッときしむ音を立てる。 「仏や浄土へ往生したものは金色の身を持つと言われますが……」 ナカガワは一拍間を置いて答える。 「つまり、死体、と言うことではないですよね?」 新羅と名乗った男は驚いて返す。 「いや、そういう言葉遊びではないよ。今回の舞台演出上、まごうことなく“本当に”金色に発光する人間が必要なんだ」 ナカガワは

        • すずめの言葉【小説】

          「すずめ、かわいいな……」 僕とサハラは口を揃えた。 サハラが手にしていたパンに寄ってきたようだ。彼は放課後になるといつもお腹を空かせていた。 「超鳴いてるな」 僕たちは川沿いのベンチに腰かけていた。護岸の柵に停まるすずめは、サハラをどうも意識している。ふっくらした羽毛から、小さな足がのぞく。 「ああ、超鳴いてるな」サハラは答えた。 すずめは僕たちが彼らの言葉を理解していると思っているようだ。一生懸命こちらに向かって何かを言っている。 「目覚ましのアラームがすず

        タイムカプセル【小説】#シロクマ文芸部#木の実と葉

          ブルーアワー【小説】#シロクマ文芸部 #夕焼けは

          「夕焼けは、僕達にとって、見逃してはいけない合図のようなものだったんだよ」 祖父は、いつも穏やかに話してくれた。 「合図?」 「そう」祖父は微笑んだ。そして続ける。 「日が沈んで、世界が青色に染まる“ブルーアワー”の間に、誰かが太陽のネジを巻き直す必要があったんだ。また次の日も、太陽がきちんと昇るように」 私は目を見開く。「そうなの?」 祖父は何も言わずに頷いた。私は身を乗り出してたずねる。 「でも、天気が悪いと、夕焼けは見えないよ?」 「そうだね。だから、世

          ブルーアワー【小説】#シロクマ文芸部 #夕焼けは

          君に話す【小説】

          夜の国道1号線。鼻歌まじりに歩く男とすれ違ったら、それはきっと僕だ。 一日の仕事を終えた後、僕はたまにどうしてもいたたまれない気持ちになる。 クライアントに求められるがまま、僕は記事をつくる。 情報の寿命が瞬く間に終わってしまうオンラインの波に呑まれて、僕は自分が書いた言葉の先をつかめないでいた。 この作業に意味はあるのか? もっと他にやるべきことがあるのではないか? 世界のどこかに自分にもっとぴったりの何かが待っているのではないか? ひどく強迫的なこの感情を、僕は

          君に話す【小説】

          コードネーム【小説】#シロクマ文芸部 #風の色

          「風の色なんだ」 「え?」 「俺のコードネーム」 僕は隣を歩く幼馴染の顔をちらりと見る。僕たちは川沿いを歩いていた。夕日が水面に反射して、彼の輪郭をやさしく照らす。 「風の色」僕は少し考える。「それって何色なんだろう」 彼はこちらの様子をうかがうように、視線を送る。 「ないよ。存在しない。つまり」 彼は言いよどんだ。 「つまり?」 彼はこちらをまっすぐ見る。 「つまり、俺は存在しない存在、ということだよ」 僕は眉間にしわを寄せて笑った。 「いるじゃない

          コードネーム【小説】#シロクマ文芸部 #風の色

          世界を変える準備【小説】

          晴れた日に布団を干したいから、仕事は辞めた。 それからは納期や顧客対応、日曜日の憂鬱、iPhoneのスヌーズ音からは解放された。でも、天気予報と、定期的に訪れる“暮れない一日”が、僕の新たな悩みの種となった。 生きている限り、全ての悩みから解放されるのは難しいらしい。 ・・・ 最寄駅から徒歩15分、アパートの2階にある僕の自宅を訪れるのは、サハラという友人くらいだ。 彼は鉄道会社に勤めていて、海沿いにある観光地の最寄駅で係員をしている。 彼が交代制の仕事をしている

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          外で読んではいけない。朝井リョウ『時をかけるゆとり』

          なんて無鉄砲な、愚かしくて、でもまぶしい…… 朝井リョウさんのエッセイ『時をかけるゆとり』は、タイトル通り、かけ抜けるように読めてしまう本でした。 朝井さんは言わずと知れた大学在学中に作家デビューした方。このエッセイも、2014年の在学中に連載していたものです。 語られる話一つひとつが「まさか!?」という“馬鹿らしさ”満点で、声に出して笑っちゃうし、声に出さずとも絶対口元はにやけてる。 外で読んではいけない。私はお気に入りのカフェで本を開いたことに、軽い後悔を感じつつも

          外で読んではいけない。朝井リョウ『時をかけるゆとり』

          好きの当事者

          破裂しないか、友達とハラハラしながら膨らませた水風船。セミの抜け殻を袋いっぱいに集めた。祖父母の家に遊びに行けば、じっとりと汗をかきながら近くの林を駆け回り、素足に川の冷たさを感じ、駄菓子屋へ手を引かれ、いつも私の一歩先を進む飼い犬と散歩した。 私が小学生時代に過ごした夏の日々は、8月の終わりに感じる寂しさも含めて、輝きを失わずに心の中にある。私は夏が大好きだった。 あまりの暑さに、太陽が出ている時間は外に出られない日々が続いている。 朝目覚めたら、ためらわずに冷房のスイ