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娘が前に進めた日

前に進めた、というのは、精神面ではない。物理的に前に進んだ日の話である。


生後10ヶ月を迎えた我が子は、正直なところ、少し運動発達は遅いように感じていた。

この月齢の検診でのチェック項目の中に、いくつもできない項目があった。

つかまり立ち。
ハイハイ。
パチパチ。
バイバイ。
ずり這い。

つかまり立ちはもちろんのこと、ハイハイはおろか、ずり這いすらまともに出来なかった。
うつ伏せでその場をクルクル回ったり、少し後ずさりはしていたが、前には全く進めない。

ネットで調べてみると、クルクル回ったり後ずさりするのは、もうすぐ出来るようになる前兆だと書いてあったが、それらが出来てからもう4ヶ月も経っていた。

気長に待とう、とはおもうものの、4ヶ月といえば、0歳に割り当てられている時間は12ヶ月なので、その1/3に相当するではないか。
もうすぐっていつよ?パナマどこよ?

バイバイもパチパチも出来ない。
目の前で何度も見本を見せたが、全く興味のある素振りを見せなかった。

でも、まあいい。ヘスの法則だ。
氷は水になってから水蒸気になるとは限らない。
氷から水を経ずに水蒸気になることもある。
状態変化の経路は違っても、最終的に気体になればいいんだ。ハイハイを経由しなくても、最終的に歩ければ何だっていいじゃないか。



転機は唐突に訪れた。



1歳くらいの赤ちゃんのYouTubeを見ていると、いただきますやごちそうさまが出来ていた。

それを見て、試しにいただきます、をしてみた。またどうせ真似なんてしないんだろうけど、いつやるようになるかわからないし、やって見せるのはどちらにせよ大事かな、と思った。

そしたら、だ。
なんと娘ちゃん、ニカァーーッと笑うではないか。え?

「笑ってる場合じゃないよ、シカ子(仮)もやるんだよ」

そう言って、娘の手を持って合わせた。

次の日、「手を合わせてください」の合図で笑顔で手を合わせた。食い気味に。

え?

しかも、真似してるのではない。私は手を合わせなかったから。「手を合わせてください」しか言っていない。

開いた口が塞がらなかった。


次の日。保育園に迎えに行くと、
「シカ子ちゃん、今日、ほふく前進してました」
と言われた。

え、ほふく前進?


前に、進んだ、だと???


しかも、ヨタヨタ、少しずつ数歩進める、のではなく、高速でズンズンズンズン、何メートルも進んでいく。手足を上手に交互に出して。今日初めてできたとは思えないほど上手に、そしてスムーズに進んだ。

娘はほふく前進して大好きなリモコンに手を伸ばし、嬉しそうに食べた。


私は理解した。

これはまさに、カンタムリープなのだと。

カンタムリープ
(カンタムジャンプ/クァンタムリープ/クァンタムジャンプ/quantum leap/quantum jump量子跳躍)

原子内の一つの電子がある量子状態から別の状態へ不連続的に変化することである。その電子は、一時的に重ね合わせ状態にあった後、あるエネルギー準位から別の準位へ非常に短時間で「跳躍」する。

wikipedia

カンタムリープとは、ある物が一段ずつ段階的に成長していくのではなく、あるとき急に次の段階へと移ることを指すものと理解している。

我が子のことに照らし合わせると、ずり這いが前日まで全くできなかったのに、ある日突然ズンズンと進めるようになったことが、このカンタムリープに似ているということである。

これは、赤ちゃんが長い時間をかけて少しずつ筋力やバランス感覚を鍛えてきているものの、表面上はその変化が見えにくいため、成長が「ジャンプ」しているように見えるのだ。


これは、ロールプレイングゲームのレベル上げにも似ている。

ゲームのレベル上げの為には、経験値を稼ぐために、同じステージで何回もあまり意味のない戦いをしなければならない時がある。それが面倒くさいのだが、経験値が一定数に達してレベルが上がると、色んな技や道具などが一気に開放される、アレである。


発達をはかるためのマイルストーンはあくまで離散的で、マイルストーンにないものは基本的に評価の対象にはならない。でも、次に進むために、そのマイルストーンとマイルストーンの間にある変化をよーく見ていれば、もっと段階的に成長を感じられたはずだ。

でも私達は、私たちの目に見えるものしか見ることができない。『目に見える』といいつつ、往々にして、意識しているもの以外は見えにくい。この場合だと、マイルストーンとして評価指標となっているものには目が行きやすいが、それ以外の変化は、発達の目安とは見えづらい。それなのに、目に見えるものが真実と捉え、一喜一憂してしまう。私の目には見えなくても、ちゃんと子どもは日々進化している。目に見えないものを補完しようとすることが、信じるということなのかもしれない。これは、これから始まる長い子育ての道標になるはずだ。


冒頭の検診の項目のうち、まだつかまり立ちや指差しは出来てない。

しかし娘は、先に解禁されたほふく前進を駆使して、今日も盛んに経験値を稼いでいる。



#想像していなかった未来

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