ユーモアは勇気
Kさんが戻ってきた。
約5年ぶりの帰還である。
でも、本当に魔法にでもかけられたのかと思うくらい、見た目はあの頃と全く変わらないままだった。
確かもう60歳近いはずなのに、あのブラウンのマッシュルームカットと細かな模様が入った東欧風のワンピース姿の彼女は、あの頃と同じ
永遠の少女みたいな、
大人の女性
だった。
一方でKさんの方は、最初、僕のことに全く気づかず、僕だと気づいたときは、
「え〜!全然、雰囲気変わってて気づかなかったわ。」
と目を丸くして驚いていた。でも、その驚く様子には全然嫌な感じはなく、むしろ肯定的なものを感じ取った僕は特段ショックは受けなかった。
Kさんは、僕がこの職場に入ったときの研修担当者だった。
つまり、彼女は僕にとって師匠みたいな存在なのである。
当時から仕事に向き合う彼女の真摯な姿勢には大変、学ぶことが多かったし、あまり叱られた記憶はないけど、僕のことだからきっとたくさん叱られたのだろう(笑)
とにかくまさかあのKさんとまた一緒に仕事が出来るなんて夢にも思ってなかったから、これこそ
まさに嬉しい誤算だった。
ただあの頃とはお互いの立場が変わって、もはや職場のベテランと化して毎日なんだかんだ忙しく過ごしている僕とまだ研修期間中の身の彼女が、昔みたいにガッツリ仕事で絡む機会はまだ訪れていない。
でも、出社時やお昼休みや帰り際の二人がすれ違うほんのわずかな時間に、Kさんはいつもあの独特のイタズラっぽい笑みを浮かべながら、ちょくちょく僕にちょっかい、いや、声をかけてきてくれる。
まあどれも、例えば僕が3時のおやつ用に買ってきたコンビニプリンを見て、
「なんか美味しそうなの買ってきたじゃないの〜。」
という感じの他愛のないやり取りばかりなのだけど、Kさんが声をかけてくれるたびに、実は僕は自分の心にちょっぴり勇気が湧いてくるのを感じている。
そして、その理由はきっと二つあると僕は考えていて、
ひとつは仕事に対して非常に厳しい彼女は、自分が頑張っていると思っている人にしか気安く話しかけないから、「ああ、なんとなく師匠に認められているのかも」と思えて自信がつくことと
もうひとつは、
彼女の口から出てくる言葉にはどれも
「うまくいかないことばかりなこんな世の中だけども、それでもできる限り笑い飛ばして生きていきたいよね。」
という常にユーモアを失わない力強い覚悟のようなものが感じられるからだと思う。
それもふんふん~♪という鼻歌まじりな感じでね。
そんな僕らは昨日もこんな寸劇を演じたばかりだ。
帰り際、自分のパソコンがなかなかシャットダウンせず困り果てていた僕を見たKさんは
「あら。私の方が君より後に電源落としたのに先にシャットダウンしちゃったわ。ごめんね。でも、どうしちゃったのかしら?」
とあのお得意の含み笑いをしながら話しかけてきた。
それに対して僕が
「いやあ、なぜかさっきからずっと画面のこのマークがクルクルしているんですよ・・。」
と答えると、
「ああ、それはN.O.T.Eくんがクルクルパーマなせいかもしれないわね。私はストレートヘアだから、きっとすぐに終わったんだわ。」
と爽やかに言い放った後、ケラケラと笑いながら先に帰って行ったのだった。
呆然と取り残されながらも、僕は
「職場で、こーゆー本物のユーモアが込められたやり取りが出来るのって控えめに考えても最高じゃん。」
と思ったのだった。