少し早めの夏期講習(親子で受けるヤツ)
三連休の最終日
早朝、昨晩みんなで仕掛けた昆虫トラップを確認しに3人で宿を出た。
同じ道のりなのに昨日に比べると息子の足取りが明らかに軽いのが分かる。
「やはり期待と興奮は、人を前進させる大きな推進力になるのだなあ」
なんて感慨に浸っているうちに、あっという間に目的地の山に到着した。
なんてことはない。
彼だけじゃなく、僕や妻の足取りも軽くなっていたのだ。
そして、僕たちは朝露でどことなくキラキラして見える山道を急いだ。
しかし、一個目、二個目のトラップには彼が期待していたオオクワガタもミヤマクワガタもいなかった。いや、黄金虫やカナブンなど他の甲虫すらかかっていなかった。
でも、息子はまったくがっかりした様子を見せなかった。
その健気な姿に彼の成長を感じて僕も頼もしくなる。
「そう、まだ2個あるもんな!」
そして、3個目のトラップを発見。
実はこのトラップだけは木に吊るさずに地面に直置きするタイプで、しかも、虫たちが群がるように紫外線が出る懐中電灯をセットするという今回の彼の一番の自信作だった。
僕は高まる期待に胸を膨らませながら、息子がそのトラップを開けて中の様子を確認する様子をじっーと見守っていた。
すると、
「いたー!」
という念願のあの言葉が聞けたと思ったけど、すぐにその声色が悲痛の色に染まっていることに気がついた。
どうした、どうした、と僕も慌てて中を覗いてみると、トラップの底には昨晩、降り続けた雨のせいで水が溜まっていて、その水たまりの中にたくさんの蛾たちが溺れていたのだった。
僕と息子は慌てて、その水たまりの中から蛾たちを救出したけれど、残念ながら一匹を除いてみんな死んでしまっていた。
あまりの出来事に動揺を隠せず今にも泣き出しそうな表情の彼。
でも、彼はまったく悪くないのだ。
なぜなら僕が彼が雨よけとして用意していた傘を差し忘れたせいだからだ。
でも、息子にとっては、そんなことは何の気休めにもならなかった。
結局、最後のトラップにも昆虫はかかってなくて僕たちは意気消沈しながら元来た旅館への道を足取り重く下りていったのだった。
特に息子の憔悴ぶりが激しくて、とうとう彼は車道を歩いている途中で立ち止まり、両手で顔を覆って泣き始めてしまった。
まあ彼がそうなってしまうのも仕方ない。
だって昆虫のことが人間と同じ、いや、おそらく人間以上に大好きで、5歳の時に誤って踏みつけて蟻を殺してしまったことを未だに後悔しているような彼にとっては、今回の件は、わざとではないにしても、大量殺戮を犯してしまったに等しいものだからだ。
でも、今まで平気でたくさんの虫を殺戮してきた僕には、本当にはその彼の悲しみや辛さは理解できなかったように思う。
ただ愛する息子がひどく悲しんでいる姿を見るのが辛すぎて思わず涙ぐみそうにはなっていたけれど・・・。
「いやいや、これじゃいかん!」
僕は慌てて大きく首を横に振った。
だって、僕が今やるべきことは、彼と一緒に泣くことなんかじゃなくて、彼の側にいてずっとそんな彼を見守り続けることだからだ。
そう思い直した僕は、宿のチェックアウトの時間が近づいていて本当は早く帰らないと行けない状況だったけど、悪いけど妻だけ先に帰ってもらって、落ち込んでいる彼ととことん付き合うことに決めたのだった。
すると最初のうちは何度も僕の身体にもたれかかってくるくらい本当にヘロヘロな状態の彼だったけれど、道端にいるダンゴムシやカタツムリの姿を見つけると、まるで何かを必死に振り払うみたいに、それぞれの生き物の生態について僕に詳しく説明し始めたのだった。
そして、辛い気持ちの彼には大変申し訳ないけれど、僕にとって、朝霧の晴れた山の麓で突如、眼下に現れた白い街並みを眺めながら聴いたこの息子による虫の特別集中講義は本当にサイコーの時間だった。
「このときのことを僕は自分の命の灯が消える瞬間にも必ず思い出すだろう」
って思ったくらいにね。
そして、本来なら20分足らずで着く道のりを40分くらいかけて帰って、その後、宿のご主人のご好意で駅まで彼の車で送ってもらったのだった。
しかも、その車中で聞いたご主人の話がめちゃくちゃぶっ飛んでいて面白かったから、気づいたら僕の隣に座る息子も顔を乗り出して彼の話を熱心に聞いていた。
そして、別れ際、そのご主人が「あの公園だったら、クワガタいるかもよ」と近くの森を指差してくれた瞬間、僕は反射的に「救世主かよ!」と心の中でつぶやいたのだった。
そうなのだ・・・。
やはり人は一人では生きていけない
そして、
きっと家族だけでも生きていけないのだ。
もちろん僕らは、一目散にその公園に急行した。
そして、息子は公園の中にある大きな木の根っこの隙間に隠れているクワガタを目ざとく見つけて、粘りに粘った挙句、とても佇まいのカッコいいコクワガタを見事ゲットしたのだった。
そんな他人から見たらきっと他愛もなさ過ぎるような三連休の最終日。
でも、君のことだからきっとたくさんのことを学んだとお父さんは思っているよ。
もちろん、お父さんだって、君のおかげでダンゴムシとカミキリムシとカタツムリとナメクジについてずいぶん詳しくなったからね。
というわけで、今回の家族旅行は、思いがけず僕ら親子にとって少し早めの夏期講習にもなったようだ。
帰りの特急電車の中でウトウトしている君の顔が心なしかたくましく見えたのは、おそらくN.O.T.E恒例の親バカというヤツだろうけどね(苦笑)
ちなみに、この記事の前日譚はこちら↓
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