【創作】もう一度、ボクの血液が沸点に達するその日まで
自分のノートパソコンの画面上に次々と打刻されていく
楽
の文字を見て
透は、思わず
ウゲッー!!
と吐き気を催した。
それは、彼が勤める会社のキャリア研修の講師から、
「自分の仕事に対する考えを漢字一言で表してくだい」
と問われた他の社員たちがZOOMのチャット画面上に打ち込んだ回答だった。
ちなみに透自身の回答は、
活
だったけれど、なんだか自分だけ真面目に考えてしまってバカみたいだとも思った。
そんな透は気づくとタイムマシンに乗っていた。
パタパタパタパタパタパタパタパタ
ジャキーン!
タイムマシンのカウンタは
20221209
にセットされた。
その夜、透は月島にいた。
そして、ひとまわり年の離れた後輩たち3人に対して、それにしたって小さすぎるコテを振り回しながら、このとき自分がライフワークとして文字通り心血を注いでいたある仕事について熱弁を奮っていた。
すると3人のうち、西郷隆盛似の大久保がそのクリクリとした瞳をキラキラ輝かせながら、
「村西さんの仕事は間違いなくうちの会社の未来を指し示す羅針盤になると思うでごわす!」
と言い始め、他の2人も頬の辺りを上気させながら、その彼の感想に同調していた。
そんなまさに革命前夜みたいな
乾坤一擲なその飲み会はまるで当たり前みたいな顔をして午前様まで続いたから、
気づけば、透は、自宅からずいぶん遠く離れた駅の北口に一人だった。
ロータリーには、「割増」の文字がやけに鮮やかに見えるタクシーが一台だけ止まっていた。
しかし、透はそいつをガン無視して線路沿いの道を沈みゆく月を追いかけながらガシガシと歩き始めた。
時刻は深夜3時を回っていた。
山本深夜のレイバンみたいな空からは白けた雪の粉々が間断なく降り注いでいたから、きっと芯まで凍えるほどの寒さだったはずなのに、透はまったくもって平気だった。
なぜなら、このとき彼の全身を流れる血液はグツグツと煮えたぎっていて、
そのブラッドヒートが自分のバディを、そして、ハートをもフリーズさせようとするスノークリスタルたちをことごとくメルトし続けてくれたからだ。
って、ルー大柴か、おまえは。
そして、2時間後、透は、最寄駅近くのコンビニに寄って、朝メシ用の菓子パンを買った後、
「このボクの熱い血潮はこれからどんどん伝播していき、やがてみんなのその長い眠りをも覚ますんだ」
と鼻息荒くつぶやいた。
まあ、それは結局、彼のとんでもない勘違いに過ぎなかったわけだけれども。
しかし、その時間にして数分程度のタイムリープから帰還した透の表情は、先ほどの浮かないそれとは打って変わって、明るく晴れ晴れとしたものになっていた。
なぜなら、あの後、ぐうの音も出ないくらいコテンパンに叩きのめされて全てをあきらめてしまった風に見えるこの男の血液には、その実、まだあのときの熱が消えずにちゃんと燻っていたからだ。
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