月とゆびと彼女
飲み会の終わりは、駅の改札前でハイタッチをして別れるのが僕らのお約束だった。
そのたびに触れる白魚のように細くて冷たい彼女の指の感触に実はいつも内心、ドキリとしていた。
会社の忘年会でたまたま知り合った彼女とは、一時期、毎週のように飲み歩くくらい仲の良い飲み友だった。
実際、ある日、彼女が僕に手帳を見せながら、
「今月もこんなにも埋まってますよ〜」
ってニヤニヤしながら言ってきたくらい、にね。
ちなみに、この飲み会の元々の目的は、30代半ばにしてなかなか彼氏ができない彼女へ素敵な殿方を紹介するというものだった。
しかし、割と可愛いし面白い子だからすぐに決まるだろうと思ったにも関わらず、なぜかなかなかうまく行かずに、いつしか仕方なしに二人きりで飲むようになっていた。
「なんでみんな私の魅力が分からないんだ〜!」
「そうだ!そうだ!」
毎晩、そんな風に彼女がクダを巻くのに付き合うのが二人のお約束みたいになっていた。
しかし、ある晩、いつもの居酒屋で、
「本当は早く結婚して子供が欲しいんです」
といつもとは違う切実な表情を浮かべながら彼女に言われた瞬間、僕はこのままではいかん!と我に返り、いよいよ自分が持っている最高のカードを切ることを決意した。
うん、きっと今度こそうまくいくはずだ。
数週間後、彼女からLINEが来た。
「彼からデートに誘われたんです。今度、花火を見に行こうって」
僕は、そのデートを想像しながら、こうしたほうがいいよ、とかあの店、行くといいよ、とかあれこれアドバイスをし始めた。
しかし、アドバイスをすればするほど、そして、彼女と彼がいい感じになるのを想像すればするほど、胸が張り裂けるくらい苦しくなっている自分に気がついた。
そして、気づいたら、彼女とは正反対な太くて短くて醜い指で、
「君のことが好きなんだ」
という文字を打っていた。
「えっ!どういうことですか?」
まったく想定もしなかった事態に動揺を隠せない彼女の様子が伝わってくる。
ああ、終わった…。
「ごめん、今、言ったことは忘れてくれ。いや、もう友達としても会いづらいと思うから、今度二人で飲む約束もなしにして欲しい」
しかし、息を殺しながら、彼女のとどめの一言を待っていると、
「いや、飲みに行きましょうよ!」
といつものノリで返してくる彼女。
えっ!どゆこと?
と今度は僕が驚く番だった。
そして、それから数日後、約束していたカウンターだけの小さな小料理屋で、僕らはまるで何事もなかったように、いつものように、膝突き合わせて、くだらない話で盛り上がった。
カウンター越しに女将さんから、
「ずいぶん仲がいい二人だわねえ」
と呆れられるくらいに、ね。
僕らはすっかり酔っ払って店を出た。
ふと空を見上げた。
「月がキレイだね」
「うん、そうですね」
気づいたら、僕は彼女の手を握っていた。
すると、ほどなくしてあの細くて冷たい指がしっかりと僕の太い指を握り返す感触を感じた。
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