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「才能がある人」って、結局どんな人なんだろう?ーー凡人が天才になる方法

ときどき、「あの人は才能があるから成功したんだよ」と言う人がいる。
でも、そうなのだろうか?

才能とは、生まれつき持っているものなのか?
それとも、積み重ねた結果なのか?

俳優の山田孝之さんの言葉を見たとき、なんだか腑に落ちた。


「天からもらった才能なんて、ないんじゃないか」

山田孝之さんは、インタビューでこう語っていた。

どんなものでもやっていくと、頭打ち…というか詰まってくる

それを次どうやるか、別のラインを考えていく
ということを繰り返している人たちだち思う

天からもらった才能みたいなのは
いないんじゃないかと思うんですけどね

才能がある人とは、「壁にぶつかったときに、回り込める人」なのかもしれない。

「限界」と思ったときに、凡人はどうするか?

私たち凡人は、たいてい 「頭打ち」 になったときに、二通りの反応をする。

  1. そのまま突っ走る(でも、壁は突破できない)

  2. 「もう最高の状態になった」と誤解してしまう(実は、まだ伸びしろがある)

どちらも、どこかで 「もうこれ以上は無理だ」 と思ってしまう。
でも、本当にそうだろうか?

壁にぶつかったときに、「このままでは進めないな」と気づける人。
そして、「じゃあ、別の方法はないか?」と考えられる人。

そういう人こそが、伸び続けるのかもしれない。

「別のライン」を考える習慣

たとえば、スポーツでも勉強でも仕事でも、
ある程度やり込むと、必ず「伸び悩む時期」がくる。

そのときに、
「今のやり方ではダメかもしれない」と気づき、
「じゃあ、違う方法を試してみよう」と考えることができるか。

それが、大成する人と、そこで止まる人の違いなのかもしれない。

「回り込む力」を鍛えるには?

「才能がある人は、壁にぶつかったときに回り込める」とするならば、
私たち凡人が鍛えるべきなのは、「回り込む力」なんじゃないかと思う。

同じ方法に固執しないこと。
「他にやり方はないか?」と自分に問いかけること。
うまくいかないときこそ、視点を変えてみること。

壁にぶつかったときこそ、成長のチャンスなのかもしれない。


「才能がある人」とは、回り込める人

結局、才能というのは「壁にぶつかったとき、回り込んで上に行けるか」どうか。

天才とは、「最初からすべてを持っている人」ではなく、
「ぶつかったときに、別の道を探せる人」なのだ。

そう思うと、「才能がないから…」と落ち込むのが、少しもったいなく感じる。

「今、頭打ちかも」と思う瞬間こそ、ブレークスルーの一歩手前、知恵を絞るポイントなんだろう。

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