「生きる力」=「非認知能力」が生み出す経済的恩恵
「生きる力」
この言葉が生まれたのは、1996年に当時の文科省(現在の文部科学省)の中央教育審議会が、問題解決能力や、自制心、協調性、思いやり、豊かな人間性などの全人的な資質や能力をめざす言葉として用いて以降、教育上の目標として用いられるようになりました
そして、この「非認知能力」は将来の年収、学歴や就業形態などの労働市場における成果に影響を与えることが明らかになったのです
ここで、言葉の定義を説明しておきます
「認知能力」=IQや学力テストで計測される能力
「非認知能力」=忍耐力がある、社会性がある、意欲的であるなどの人間の気質や性格的な特徴を表すもの
・「自己認識」:自分に対する自信がある、やり抜く力がある
・「意欲」:やる気がる、意欲的である
・「忍耐力」:忍耐強い、粘り強い、根気がある、気概がある
・「自制心」:意志力が強い、精神力が強い、自制心がある
・「メタ認知ストラテジー」:理解度を把握する、自分の状況を把握する
・「社会的適性」:リーダーシップがある、社会性がある
・「回復力と対処能力」:すぐに立ち直る、うまく対応する
・「創造性」:創造性に富む、工夫する
・「性格的な特性」:神経質、外交性、好奇心が強い、強調性がある、誠実
これを踏まえて読み進めてください
では本題です
1:「非認知能力とは」
ヘックマン教授が、米国の一般教育修了検定(日本でいうところの高卒認定試験)の分析を行いました
その研究によると、高校に通わずに一般教育修了検定に合格した生徒は、高校を卒業した生徒に比べて、年収や就職率が低い傾向にあることがわかりました
もしも、学力などで計測される認知能力のみが重要なのだとすれば、同程度の学力を持つ一般教育修了検定に合格した生徒と、高校を卒業した生徒との間に大きく差がつくはずがありません
さらに、ヘックマン教授は、学力テストでは計測することができない非認知能力が、人生の成功において極めて重要であることを強調しています
また、誠実さ、忍耐強さ、社交性、好奇心の強さといった非認知能力は、「人から学び、獲得するもの」だとも主張しています
つまり、学校は、ただ単に勉強をする場所ではなく、先生や同級生から多くのことを学び、「非認知能力」を培う場所でもあるということもできます
さらに、経済学者でもあるプリンストン大学の学長でもあったボーウェン教授らは、別の角度から非認知能力の重要性を明らかにしています
ボーウェン教授は、アメリカでは、大学生の中退率が40%近くに上るという事実に着目して、どういう大学生が中退し、どういう学生が中退せずに卒業する傾向が高いのか調べました
アメリカの大学に入学するには、SATと呼ばれる共通テストと、高校の時の通知表の両方を提出する必要があります
ボーウェン教授らは、SATの成績は認知能力のみを表すのに対して、高校の通知表の成績には、締め切りを守って宿題を提出したり、授業中に積極的に発言したりするという非認知能力も反映されているはずと考え、大学の中退率への影響を検証しました
その結果、中退することなくきちんと大学を卒業できていたのは、SATの成績が良かった学生ではなく、出身校のレベルに関わらず通知表の成績が良かった学生だったことが判明しました
高校で良い成績をとる過程で獲得した非認知能力は、高校を卒業した後も、彼らを成功に導いてくれたのです
どんなに勉強ができても、自己管理ができず、やる気がなくて、真面目さに欠け、コミュニケーション能力が低い人が社会で活躍できるはずがありません
一歩外へ出たら、学力以外の能力が圧倒的に大切だというのは、多くの人が実感されているところではないでしょうか
2:「重要な非認知能力の2つ」
非認知能力の中でも、人生の成功のために特に重要な非認知能力を紹介していきます
それは、「自制心」と「やり抜く力」です
この2つは、学歴・年収・雇用の面で、子どもの人生の成功に長期にわたる因果効果を持ち、教育やトレーニングによって鍛え伸ばせることがこれまでの研究で明らかになっているのものです
1つ目の「自制心」については、「マシュマロ実験」と呼ばれる有名な研究があります
コロンビア大学の心理学者であるミシェル教授は、当時勤務していたスタンフォード大学内の保育園で、186人の4歳児の自制心を次のような方法で計測しました
まず、子どもにマシュマロを差し出します
次に「いつ食べてもいいけれど、大人が部屋に戻ってくるまで我慢できればマシュマロを2つ食べられます」とだけ伝えて、大人は部屋を退出します
この時点で大人がいつ部屋に戻ってくるかは、子供にはわかりません
そして、部屋を出て15分後、大人が戻ってきます
この結果、186人のうち約3分の1は15分我慢して2つのマシュマロを手に入れることができましたが、残りの3分の2は我慢できずにマシュマロを食べてしまいました
その後、ミシェル教授は、彼らの人生を追跡して調査を行いました
その結果、彼らが高校生になった時にはかなりの差が生じていることが判明します
大人が戻ってくるまで我慢して2つのマシュマロを手に入れた子どもは、我慢できずに食べてしまった子どもよりも、SATのスコアがずっと高かったのです
この結果から、「非認知能力」が「認知能力」にも影響を与えることがわかります
もう一つの重要な非認知能力として「やり抜く力」が挙げられます
この能力は、ペンシルベニア大学の心理学者、ダックワース准教授が「成功を予測できる性質」として発表して以来注目を集め、GRIT(グリット)とも呼ばれています
ダックワークス准教授は、このやり抜く力を「非常に遠い先にあるゴールに向けて、興味を失わず、努力し続けることができる気質」と定義しました
調査対象者に12問ほどの質問に答えてもらうことで数値化しました
陸軍士官学校の訓練に耐え抜くことができる候補生は誰か
英単語の全国スペリングコンテストで最終ラウンドまで残る子どもは誰か
貧困地域に配属された新米教師のうち、学年末に最も子どもの学力を上げることができるのは誰か
それぞれ全く異なる状況で、求められる能力は一見バラバラのようにも思えます
しかし、ダックワース准教授は、「成功する人」を事前にかなり高い精度で予測することができました
「やり抜く力」が高い人は、いずれの状況でも成功する確率が高かったからです
さらに、ダックワース准教授は、才能とやり抜く力の間には相関関係がないことも明らかにしています
才能があっても「やり抜く力」がないために、成功に至らない人が少なからずいたのです
結果、「やり抜く力」があった人が成果を上げたのはいうまでもありません
ここまでの話で「非認知能力」の重要性が十分に理解していただけたと思います
3:「非認知能力の鍛え方」
では、ここで、「非認知能力」を鍛えるにはどうしたらいいかをお話しいていきます
最近の研究では、認知能力の改善には年齢的な閾値が存在しているが、非認知能力は成人後まで可鍛性のあるものも少なくないということがわかっています
重要な非認知能力の一つとして紹介した「自制心」は、「筋肉」のように鍛えると良いと言われています
筋肉を鍛えるときに重要なことは、継続と反復です
腹筋や腕立て伏せのように、自制心も何かを繰り返し継続的に行うことで向上します
例えば、先生に「背筋を伸ばせ」と言われ続けて、それを忠実に実行した学生は成績の向上が見られたことを報告している研究があります
もちろん、背筋を伸ばしたことが直接成績に影響したわけではありません
「背筋を伸ばす」のような意識しないとしづらいことを継続的に行なったことで、学生の自制心が鍛えられ、成績にも良い影響を及ぼしたと考えられます
また、心理学の分野でも、「細かく計画を立て、記録し、達成度を自分で管理する」ことが自制心を鍛えるのに有効であると多数の研究で報告されています
かつて、「レコーディングダイエット」と言われるものが流行ったのも、「日々摂取した食事とそのカロリーを継続的に記録し、体重を確認する」ことを通じて自制心が鍛えられた結果、減量に成功する人がお多かったのだと考えられます
もう一つの重要な非認知能力である「やり抜く力」については、スタンフォード大学の心理学者ドゥエック教授が、この力を伸ばすためには「心の持ちよう」が大切であると主張しています
ドゥエック教授らの研究によれば、「しなやかな心」を持つ、つまり「自分の元々の能力は生まれつきのものではなくて、努力によって後天的に伸ばすことができる」ということを信じる子どもは、「やり抜く力」が強いことがわかっています
ドゥエック教授らの実験では、親や教師から定期的にそのようなメッセージを伝えられた子どもたちは、「しなやかな心」を手にいれ、「やり抜く力」が強くなり、その結果、成績も改善したことが明らかにされています
逆に、「やり抜く力」を弱める「心の持ちよう」もあります
「ステレオタイプの脅威」と言われるものです
とある研究では「年齢とともに記憶力は低下する」という記事を読んだ人と読まなかった人だと、記事を読んだ人の方が実際に記憶している単語量が少なかったことが報告されています
また、インドの実験では、農村の少年たちにカーストと呼ばれる自分たちの社会的な身分を思い出させてからテストを受けさせた場合、そうしなかった時に比べて、成績が悪かったことを示す実験があります
つまり、「年齢とともに記憶力は悪くなる」とか「社会的な身分が低いと成功できない」というステレオタイプを刷り込まれると、まさに自分自身がそれを踏襲してしまうのです
4:「非認知能力がもたらす経済的恩恵」
では、ここで、非認知能力がもたらす経済的恩恵について話していきます
海外だけでなく、日本のデータを用いた実証研究でも、非認知能力の重要性は示されつつあります
リクルートワークス研究所の戸田氏らは、日本のデータを用いて、中高生の時に培われた勤勉性、協調性、リーダーシップなどの非認知能力が学歴、雇用、年収に影響を与えることを明らかにしています
同様に、明治学院大学の李専任講師らの研究でも、外交性や勤勉性といった非認知能力が、年収や昇進に影響を与えることが示されています
神戸大学の西村教授らは、「しつけ」といった違う角度から研究を行いました
4つの基本的なモラル「ウソをついてはいけない」「他人に親切にする」「ルールを守る」「勉強する」をしつけの一環として親から教わった人は、それらを全く教わらなかった人と比較すると、年収が86万円高いということを明らかにしています
特に50代になると、平均で150万円ほどの差が出るという結果を示しています
ではなぜしつけを受けた人は年収が高いのでしょう
その理由については、山形大学の窪田准教授らの研究が参考になります
窪田准教授らは、しつけが子どもの勤勉性に因果効果を持つことを明らかにしました
すなわち、親が幼少期のしつけをきちんと行い、基本的なモラルを身につけさせるということは、勤勉性という非認知能力を培うための重要なプロセスであることを証明しました
このしつけによって育まれた勤勉性が、平均的な年収の差に繋がったのだと考えられます
行動経済学を専門とする大阪大学の池田教授の研究も紹介しておきます
この研究では、子どもの頃に夏休みの宿題を休みの終わりの方にやった人ほど、喫煙、ギャンブル、飲酒の習慣があり、借金もあって、太っている確率が高いことを明らかにしています
要するに、宿題を先延ばしにするような自制心のない子どもは、大人になってからも色々なことを先延ばしにし、「明日からやろう」といっては結局禁煙できず、貯蓄もできず、ダイエットもできないというわけです
その結果も、収入の結果を見て納得できると思います
5:「非認知能力の重要性」
この非認知能力は可視化されづらいため、過小評価されがちです
私たち教師も然り、保護者の多くは、子どもの学力テストの結果に一喜一憂しがちです
点数や偏差値ではっきりと数字で表すことができ、その変化もよくわかる学力は当然気になるものでしょう
一方、非認知能力は数値化が難しいだけでなく、どれほど子どもの将来の成功にとって重要なものなのか、今まで十分に示されてきてませんでした
その結果、きちんとしつけをすることよりも、テストで100点を取らせることの方が大事だという価値観が、私たちの社会に根付いてしまっているようにも感じます
もちろん学力が重要でないというわけではありません
しかし、これまでの心理学の貢献によって非認知能力は数値化され、経済学の貢献によって、非認知能力への投資は、子どもの成功にとって非常に重要であることが多くの研究で示されています
非認知能力は、人生のかなりの長い期間にわたって、計り知れない価値を持ちます
しかし、子を持つ保護者や私たち教師の多くは、この非認知能力が子どもの成功に与える効果を過小評価しているように思えるのです
目の前のテストの点数に踊らされるのではなく、長期的な思考で非認知能力を高めていくことが、これからの時代には必要なことなのです
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