小説「風の華」第一章(1)
ぼんやりとした雲が、青空を覆っていた。
華は、翠と長い坂道を登っていた。
潤の住んでいるマンションは、丘の上にあるらしかった。九月の風が、どこか秋の近づくのを感じさせる。
「え、潤と翠さんが、親戚?」
翠が潤のいとこであることを、彼女から伝えられた時、華は驚いた。
さらに、驚いたのは、潤が自分の家族のことで、かなり悩んでいる、と聞かされたことだ。
「潤君のお母さん、病気なんだって。一人で介護しているのよ」
華は、潤の家庭のことは知らなかった。もちろん、マンションにも行ったことはない。学校で会う時は、いかにも快活なスポーツマンだった。悩んでいる素振りなど見たこともない。
(なぜ、言ってくれなかったんだろう)
一年近くつきあってきたはずなのに、と翠はさみしい気がした。けれども、華だって自分の家の問題まで、すべて潤に話すことはなかった。
今日も、介護で早く帰宅しなければならず、華と一緒にマンションに来てほしいと、潤が翠に頼んだという。
丘を少し下ったところが、潤のマンションだった。三階だてのこじんまりとした建物だった。
玄関の呼鈴を翠が押すと、中で鍵を開ける物音がした。
華は、なぜだか少し緊張している自分を感じていた。
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