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【短編小説】亡者たちの戦場で、果てしなき明日を願う。(10,909文字)
あらすじ:
――「……勇者よ。本当に、俺を殺せば世界が平和になると思っているのか?」
確かめたかった。それは本当にお前たちが望んだ結末なのかと。
魔王と勇者、そして聖女がそれぞれの『使命』に翻弄されながらも、真実を見つけるため、その戦いが、いま終わりを迎えようとしていた。
「勇者様ぁぁあああぁぁ!」
薄暗い玉座の間に、ルミエールの悲痛な声が響く。
彼女の視線の先には、瓦礫の上で横たわる勇者の姿があった。
その手は力なく垂れ下がり、血に濡れた聖剣は石床の上に転がっている。
――勝っ、た!
「嘘……こんなの……!」
ルミエールが勇者に駆け寄り、膝をつく。
「お願い! 死なないで……まだ、まだ何も……!」
止めどなく流れる涙を拭おうともせず、祈るように勇者の手を握る姿はまるで、年相応に無力な小娘そのものだ。
「無駄だ。どれだけ祈ろうが、その男はもう終わりだ!」
「ッ!」
なんか睨まれた。
「どうして――」
「ん?」
「どうして、貴方は罪を重ねるのですか!! 魔王!!!」
――罪、か。
さて、俺の罪とは一体なんのことだろう?
状況だけ見れば、城に不法侵入してきた奴らを撃退しただけだ。
さらに言えば、絵画裏や壺に隠しておいた俺のへそくりを奪い、家主たる俺に向かって「お前の悪行もここまでだ!!!」などと剣で斬りかかるわ、魔法は撃つわと――。
一体、どの面下げて俺に『罪を重ねるな!』と言っているのだろうか?
「……魔王様」
「ルーシェ。怪我はないか?」
「はい。お気遣い感謝いたします」
後方に下がらせておいた世話係――ルーシェは黒を基調としたメイド服の端をつまんで、静かに微笑む。
白いエプロンに汚れひとつ付いていないのを確認した俺は、安堵しつつ侵入者に険しい笑みを向ける。
「それで、お前らは、俺の城になにをしに来た?」
勇者の斬撃によって、背もたれが半分以上もなくなった愛用の玉座。
それにドカッと腰掛け、肘をつく。
さてさて、言い訳くらいは聴いてやろうと話を振ってやったわけだが。
「お前を倒すためだ!」
そう声を上げたのは、先程まで俺と死闘を繰り広げていた勇者と呼ばれる青年だった。
瓦礫の中からゾンビみたいに這い出し、ボロボロの体で落ちていた聖剣を拾うと、その切っ先を俺へと向ける。
「……魔王様。あれ、私が殺してもよろしいでしょうか?」
普段、クール美人な印象のルーシェが暗い獰猛な笑みを浮かべ、そんなことを訊いてきた。
「よせ。あれは俺の獲物だ」
「……失礼いたしました」
俺のために怒ってくれたであろうルーシェを落ち着かせ、俺は勇者と聖女に改めて訊く。
「……お前達は、どうして俺を"殺そう"だなんて思ったんだ?」
「お前が魔王だからだろう!」
「それが、遠路はるばるここまで旅をしてきた理由か?」
「そうだ!」
なんの迷いもなさそうな目をして勇者がそう答えた。
まぁ、予想はしていた。
「俺たちは、たくさんの人の思いと期待を背負ってここにいるんだ!」
――その、人を疑うことを知らない真っ直ぐな瞳は。
「私たちは、ただ平穏に暮らしたい! 貴方におびやかされることのない平和な世界を願っているの!」
――負け犬のそれでしかなく。
「だから、俺たちはこの命に代えてでも、お前を倒さなければならない!」
――誰かのため、魔族のためにと、魔王になることを強要された俺と、なにひとつ変わらなかった。
そう、俺たちは歪んでいる。
自己犠牲なんて、生温いものじゃない。
こいつらは他人の意見を盲信し、自分の人生を骨の髄までしゃぶり尽くされている自覚もないのだろう。ただ、使命や役割などといった言葉に踊らされ、『生』を見失った亡者のそれだ。
「もういいだろ。お前の話に付き合う価値はない! 世界の平和のために、黙って俺に斬られていろ!」
「……勇者よ。本当に、俺を殺せば世界が平和になると思っているのか?」
「当たり前だ! お前が、今までどれだけの人々を苦しめてきたと思っている!」
「それは、お互い様だろう。平穏に生きることを望んでいた魔族の村を襲撃してきたのは人であるお前たちの方だ」
それに、
「俺の部下には自らの意思で人との共存を願い、生きていた者もいたはずだ。お前らはその同胞と人間をどうした?」
「全員、断罪したさ。魔王の手下と仲良くする人など、悪に決まっている!」
「……それはお前たちが『心からそう思うこと』なのか?」
「なんだと?」
「それは、お前が望んでそうしたのかと訊いている」
少し間をおいて、勇者はまっすぐに俺を見返し答える。
「……そうだとは言い切れない。仕方がないことだった。魔族と関わりのある者はすべて処刑するよう言われている。しかし、俺を導いてくださる女神様の言葉に間違いはない。あれは”正しい”行いだった」
「……」
「俺が使命を果たさなければ、多くの人が苦しむことになる。だから、俺は戦う。そのためには魔王! お前を殺すことには正義がある!」
それは、前魔王――俺の父が成したことだろう。
前魔王が亡くなったいま。お前の言う正義は本当にあるのだろうか?
「俺が魔王となり行ったのは、軍の解体と傷ついた仲間の保護、被害にあった地域への復興だ。それでもまだ、俺を殺すことで平和が取り戻せると、思うのか?」
「あぁ。俺の使命は女神さまから仰せつかったものだ。間違いなどあるはずがない」
「……そうか」
話は終わりだとばかりに、勇者が聖剣を構え、向かってくる。
改めて思う。
なぜ、こいつは俺の前に立ちはだかろうとするのだろう?
勇者などと、もてはやされ、他人に与えられたクソみたいな使命にどうして、自分の命を捨てようと思えるのか?
俺は右手を突き出し、怒りに身を任せ唱える。
《失せろ!》
「ッ⁉」
無様にも壁際まで転がる勇者。
「勇者様⁉」
ルミエールが立ち上がり、勇者に駆け寄っていくその姿を俺は冷めた目で見下ろす。
こいつは何のために生き、ここで死ぬのだろう?
それは、俺自身への問いでもあった。
いつか、勇者が俺を殺しにくると知った時、俺は何のために魔王になり、そして何故死なねばならないのかと。
「おい、勇者」
「うるせぇぇぇぇえぇ!!!」
なんど倒されようと起き上がり、ひたすら俺に向かってくるその姿は、勇敢でもなければ、信念からのものでもない。
『思考停止』のそれだ。
なんども地を這いつくばり、身をぼろぼろにした勇者の相手など赤子の手を捻るようなもの。それが、ただの操り人形ともなればなおさらだ。
「お前が俺に勝てない理由を教えてやろう。それは『自分の生に本気になれていない』からだ」
かつて、ルーシェに頬を引っ叩かれる以前の、『勇者にただ殺されるのを待つだけだった俺』そのものだ。
お前は、どうだ?
もう十分ヒントをやっただろう?
俺は理想をあきらめたりなんてしない!
好きなことを手放したりなんてしない!
こんなところで終わるつもりもない!
自己を犠牲にした先に地獄が待っているというのなら、そんな展開を――
俺が変える!
「だから、お前のような勇者に負けてられないんだよ!!!!」
「――ッ⁉」
渾身の魔力を手の平に込め、黒い帯状の光を放つ。
それは空気を切り裂き、轟音をあげながら勇者へと迫る。
触れるものすべてを塵へと帰し、周囲の瓦礫を巻き上げ、ついには勇者の聖剣すら灰へと変えた。
俺が、対勇者用に死に物狂いで会得した魔術。
それが、いま、勇者を消し去ろうとしている。
「――ッ!! こんなところで……」
そんな勇者の断末魔が俺の耳に届く。
これで終わりだと思った次の瞬間——
「くぅ~~!!」
聖女ルミエールが、勇者を護るよう光の結界を張って俺の黒い光を食い止めていた。
「……おまえ」
勇者が聖女の方に振り返る。
「よし! このまま防ぎきって、聖女の使命を果た――」
「話しかけない!」
そう叫ぶ聖女の声は震えていた。
結界の表面には細かな亀裂が生じはじめている。
持って数秒といったところだろう。
ルミエールの魔力は限界に近い。
それでも彼女は一歩も引かず、俺の全力を防ぎきっている。
勇者を守護するという奇跡を起こしてみせた。
「絶対に、護ってみせます……!」
ルミエールの言葉には不思議なくらい必死さが滲んでいた。
だがその姿を見た俺は、呆れたようにため息をつく。
「護るだと? 使命に取り憑かれた勇者をか? それとも、お前の使命のためか?」
俺の皮肉にルミエールは反応しない。
震える手で聖杖を掲げ、結界を維持することだけに集中しているようだ。
「そんなもので防ぎきれると、本気で思っているのか?」
再び魔力を込めてやる。黒い光の帯がさらに勢いを増し、結界が壊れていく音が徐々に大きくなる。
「くっ……!」
とうとう、ルミエールが膝をついた。
だが、それでも結界を解こうとはしない。
なんて、頑固なやつだろう。
「ルミエール! お前はお前の使命を果たすんだ!」
そう、勇者が聖女に向かって檄のようなものを飛ばす。
その姿はどこまでも愚かしく、すぐにでも目の前から葬り去りたくなった。
怒りをバネに全身を駆け巡る魔力の出力を限界まで高める。
「ルミエール⁉ け、結界が⁉」
勇者が動揺を見せ、もう勝負が着くという頃。
「……お願い……生きて、ください……!」
ルミエールが勇者に向けた言葉。
それこそ『ルミエールが本当にしたいこと』のように俺の目に映る。
そして、ひびが結界全体にまで広がった次の瞬間――
勇者を護っていた結界はあっけなく砕け散った。
瓦礫の崩れる音と、砂塵が舞う広間にあったはずの壁が消し飛んだ。
やりすぎたか……。いや、これは必要なことだった、と思う。
冷静になれば、こんな殲滅力の高い魔法を室内でぶっ放すとか、なにを考えているのか?
修繕費? そんな予算あるわけない!
壁だったところから、茜色に染まる空を見つめ、ルーシェの説教からどう逃れようか考えていると。
「けほっ! けほっ!」
瓦礫の中から、砂まみれの聖女が這い出てきた。
「なんだ、お前。まだ生きていたのか」
「――ッ! 魔王⁉」
俺を見て、青ざめた顔をするルミエールはもう立ち上がる力も残されていないのだろう。その場にへたり込み、動けずにいる。
かく言う俺も、立っているのがやっとの状態だ。
まさかとは思うが、勇者も生きているなんてことはないだろうな?
――ドゴッ!!
「……マジかよ?」
「……勇者、さま?」
瓦礫を押しのけ出てきたのは、あの勇者だった。
「……ま、魔王を、た、おす!!」
だが、その姿を果たして人と呼べるのだろうか?
右腕は消し飛び、顔の左半分の損壊が激しく、立ち上がっている脚は曲がってはいけない方向を向いていた。
――なぜ、こいつは俺の前に立ちはだかろうとするのだろう?
「ま、お……う!!」
残された左腕を俺へと伸ばし、焦点の合わない瞳で俺を探している。
その姿は、本当に亡者のそれでしかなかった。
「……なぁ、聖女ルミエールよ。これを呪いと言わず、なんと呼ぶ?」
「……」
「他人から与えられた使命が、お前たちにとって、それ程までに価値のあるものなのか?」
「……」
「あれが、お前たちの望んだ姿なのか? だとすれば……」
それ以上、言うのは憚られた。
なぜなら、ルミエールの勇者を見つめる顔は、言葉などでは言い表せないほど、醜く歪んでいたから。
おそらく、ルミエールは俺と同じく気づいたのだろう。
「……勇者様、今で、ありがとうございます。今度は……私がお救いしますね」
そういうと聖女は祈りをささげることもせず、ただ静かに唱える。
《ルクス・アエテルナ》
アンデット化した勇者をやわらかい光の柱が包む。
最後に見せた勇者の顔は、戦闘中に見せた狂気じみたものではなく、どこにでもいる少年のような笑みを浮かべていた。
そして、光が収束するにつれ勇者だったものは乾いた土くれへと還ってしまった。
「ほう。魂を肉体から解放する魔法か?」
俺には縁のない魔法だ。もしかしたら初めて見たかもしれない。
「……えぇ。もう十分、頑張りましたから」
そう返事をしたルミエールの横顔はどこか寂しそうに見えた。
「それで、お前はどうするつもりだ? まさか、たったひとりで俺とやりあうか?」
こいつも俺を殺すことが目的のはず。ならば、先ほどの勇者のように死してなお俺を殺しに来る可能性が残っている。
「……私は、最初から戦闘なんてしたくなかったんです。ただ、大切な人たちが笑顔で暮らせるようにしたかっただけ」
諦めたように、表情の抜け落ちたルミエールは淡々と続けた。
「はじめに、違和感を覚えたのは、この城に来る途中の小さな村でのことでした。勇者様が話し合いを求めてきた魔族と人間を容赦なく全員殺したんです。私は、その村に住まう魔族も、人も、悪い人たちには見えなかった。なんとか止めようと勇者様に訴えったんです。ですが――」
――仕方がないことなんだ。魔族と関わりのある者はすべて処刑するようルミエールだって言われているだろう? 俺たちを導いてくださる女神様の言葉に間違いはない。これは”正しい”行いなんだ。
「旅に出る前の勇者様は、貧困に苦しむ人に手を差し伸べるような優しい方でした。魔族を一方的に悪だと決めつけ、毛嫌いしていた私に、魔族の中にも誰かを思う心があると教えてくれたのも勇者様です。なのに、あの聖剣を使うたびに、勇者様が日に日に変わっていって、そして……!」
そうか、あの聖剣。
もしかしたら、ただの神聖属性の剣ではないのかもしれない。
もし、あの聖剣をこいつらが信じる女神が用意したのであれば。
勇者のアンデット化についても不審な点が多い。
なにかしらの精神操作があったのかもしれない。
「……あれが……あんな、地獄が”正しい”だなんて思えませんでした。いくら女神様からの使命とはいえ、もっと他の方法があったのではないかと……」
ルミエールの独白。それはまるで、懺悔のような響きをもっていた。
それが、信仰する女神に対してなのか、救えなかった命に対してなのかはわからない。
けれど、俺は。
「……もう、終わりにしてください。何を信じて生きていけばいいのか、わからなくなってしまいました」
「それは、できない相談だ」
「……どうしてですか?」
「約束があってな」
「……約束?」
「魔王様、連れてまいりました」
機会を窺っていたであろうルーシェが俺とルミエールの前に現れる。
しかし、今度はひとりではない。
ゴブリン、オーク、スケルトン、リザードマン、ハーピー、ミノタウロス、サラマンダーや他多数。
その集団を率いるようにルーシェは立っていた。
「……え」
ルミエールの顔に一瞬だけ疑問が浮かぶ。
しかし、すぐに”ハッ”と目を見開いて、ルーシェの手につながれている、その者達を凝視した。
「気づいたか。ルミエール」
目の前の集団の中に、人の子が混ざっている、その理由に。
「……まさか、生きていたのですか?」
そう言うルミエールの声は震えていた。
いや、目の前にいる集団から浴びせられる殺意に全身をガクガクと震わせているといったほうが正しいか。
「ああ。お前たちが皆殺しにしたと言った魔族と人間の村の生き残りだ。俺が救い、あいつらが命に代えて守り切った。大切な――命だ」
「!!!」
「あの村の連中を見くびるなよ。あの勇者が村を襲うことを事前に察知したあいつらは、女子供を先に逃がしてたんだよ。そして、あの村の勇敢な戦士たちがお前らの相手をしている間に、俺が避難してきた者を安全なところに運んだ」
「そんなことできる時間なんてなかったはずです!」
「勇者のよくない噂は、俺たちだって知ってたんだよ。だから、あの村のやつらは、警戒してたんだ。でも、信じてもいた。もしかしたら、話し合うことができるんじゃないかって」
その結果は、地獄でしかなかったけどな。
「…………」
「そして、俺はある約束をこいつらとしたんだ」
――お願いします。どうか仇を討たせてほしい!
「……つまり、私なんですね」
ルミエールが祈るように手を組んで、全身の震えを必死に抑えようとする姿を眺め、俺はニヒルな笑みを浮かべた。
「そういうことだ。だから、俺はお前を殺したりなんてしない」
そう言い切ったあと、俺の前で一匹のオーク(雌)が膝をついた。
「……魔王様! あたし達にこのような機会をくださったこと、本当に感謝しておりますグルゥ! あの屈辱を晴らす日が来ようとは……。 この手で決着をつけますグルゥ!」
「ああ。そういう約束だからな。その小娘はもう力を使い切った。お前達が心行くまで、なぶり殺すには絶好の機会だろう」
「……はいグルゥ。お心遣いありがとうございますグルゥ!」
――「「「「GYAOOOOO!!」」」」
多種多様な魔物が歓喜の咆哮を挙げる。
その中には、小さな人の子もいて、声を張り上げ、力強く腕を上げていた。
その様子に、ルミエールは絶望した表情を浮かべる。
そんなルミエールにオーク(雌)が歩み寄っていく。
どうやらはじめる気らしい。
「――グッ⁉」
オーク(雌)はルミエールの胸倉をつかんで持ち上げ、ルミエールの左頬を思いっきり殴り飛ばす。
まるで、馬にでも跳ね飛ばされたかのように、ルミエールは床を転がり、壁にぶつかる。
「かはッ⁉」
人間とオークの体格差は2倍以上だ。
なんの抵抗もせずに殴られたらこうなる。
さて、あまり見ていて気持ちのいいものでもない。
「……あとは好きにするといい。俺はすこし休む」
「はいグルゥ! 魔王様、本当にありがとうございましたグルゥ!」
「終わってみれば、あっけない」
そう独り言ちてみる。
この城の中庭は、まるで時が止まったような静けさに包まれていた。
崩れかけた石壁に囲まれ、ルーシェが大切に育てた花壇があった。中央には古びた噴水があり、静かに水を流し続けている。その水音が心地よくて、よく考え事があると、このベンチに腰掛けて過ごしていた。
「他人に生を縛られた人の末路か……」
なんと惨い死にざまだろう。
同情するつもりはないが、そう思えてくるのは止められない。
今頃、ルミエールがどんな目にあっているかも想像したくもなかった。
ただ、戦いのさなかに見せた、あの一瞬は――
『……お願い……生きて、ください……!』
あの願いこそ、ルミエール本心から望む生き方だったのかもしれない。
もう手遅れだけどな。
「魔王様! ここにいたんグルゥ!」
「お前は」
オーク(雌)――名前は知らん。覚えていない。
「探したんでグルゥ」
よく見れば、オーク(雌)の拳が血で染まっている。
俺はそれについて深く考えるのを止めて、話しを促した。
「どうした。もう済んだのか?」
「はい。おかげさまで……ケジメはつけられましたグルゥ」
「……そうか」
それは良かった。と祝ってやる気分にはなれなかった。
「それで、お前たちはどうするんだ? もう魔王軍は解体済みだし、俺もここに留まるつもりはない」
やりたいこと、行っておきたい場所もできたからな。
「あたしたちは、それぞれの故郷に帰ることにしたグルゥ。その報告をと探していたんでグルゥ」
人間の”料理”というスキルに興味があるので勉強して、ゆくゆくは店を持ちたいそうだ。
あの村で人間に学んだことを無駄にしたくない。そういう思いがあったのかもしれない。
「それじゃ、魔王様。今までありがとうございましたグルゥ」
「ああ、達者でな。ほかのみんなにも伝えておいてくれ」
「はいグルゥ! それと――」
俺はその言葉の続きを聴いて、笑った。
「ああ。その時はまた頼りにしている」
「はい。私たちは全員、魔王様の部下であることに変わりはないグルゥから」
「ところで、その語尾。喋りづらくないか?」
「なにがでグルゥか?」
いや、本人が気にしていないのなら、いいか?
「それじゃ、今度こそ失礼しますグルゥ!」
「気をつけてな」
「はい!」
そう言って、俺はオーク(雌)の背中を見送った。
「魔王様」
「ルーシェか。お前にも世話に……」
突然、背後からルーシェに呼ばれ振り返れば、そこにはもう一人、生きて会えるとは思っていなかった聖女がいた。
「……」
「ルミエール⁉ お前、まだ死んでなかったのか?」
「ええ。まぁ……」
白い法衣はあっちこっちボロボロで、左頬は腫れあがり、『聖女』の威厳なんてこれっぽっちも残されていない。けど、生きてそこにいる。
「え? なんで? 死んだんじゃ?」
「おや? 魔王様。サグリナから聞かなかったのですか?」
「……サグリナ?」
「……オーク(雌)のことですよ。いい加減、その悪い癖をなおしてください!」
「……いやいや、覚えてたって。ルーシェには、俺のこの目が嘘を言っているように見えるのか?」
「『やっべぇ! あのオーク(雌)ってそんな名前だったのか⁉ またルーシェに説教される!』と魔王様の目が語ってます」
なん……だと。
「ふむふむ。驚愕に見開かれてますね。どんだけ、わかりやすいんですか?」
「……グッ」
「今度は、目を伏せていらっしゃるご様子。これは――」
「! わかった! 降参だ!」
「わかればよろしいのです」
俺がガキの頃から世話係しているからって、お前は俺の母親かよ……。
ルーシェをそんな感じで睨むと、にこりと笑顔を返される。
「母の愛より、私の愛は重いですよ?」
「……勘弁してほしい」
ルーシェとのやりとりを隣で見ていたルミエールがポカーンとした顔をしてこちらを見ていた。
そろそろ話を戻すか。それで、なんでこいつは生きているんだ?
その質問に答えたのは、ルーシェだった。
「この女の懺悔をサグリナ達が聴いてたんですよ」
実行したのは使命という名の洗脳を受けた勇者だが、その裏で操っていた奴がいるなら、そっちこそが真の復讐相手だと考えたらしい。
ただ、どうしても勇者たちが許せなかったので、サグリナがみんなを代表してルミエールを一発殴り飛ばし、そのあとは恨みつらみを永遠聞かせていたそうだ。
「魔王。あなたに”心はないのか”と責めましたが、謝罪します。本当に、心が無かったのは私たちの方でした」
「ああ。なるほど」
だから、オーク(雌)は最後にああ言って去ったのか。
『はいグルゥ! それと――またいつか、人間と魔族が暮らす村に住みたいですグルゥ。そのためにも人間の料理を完璧にマスターして、今度こそ、みんなが目指した夢を、私が叶えたいと思うグルゥ。だから、魔王様。絶対――勇者を操り、私たちの村を滅ぼした”本当に悪いやつ”を倒して欲しいグルゥ。そして、もし私たちの力が必要ならどこえでも駆けつけますグルゥ!』
「魔王?」
さっきのやり取りを思い出していた俺を不思議そうなに見つめるルミエール。
「いや、なんでもないんだ。それより、俺から頼みがある」
「頼み、ですか?」
ルミエールが緊張するのがわかる。
まぁ、さっきまで殺しあっていた仲だし、無理もないか。
気にせずに続けよう。
「俺のやりたいことに協力してほしい」
「はぁ? それは、どんなことでしょう?」
「世界征服!」
……無言で聖杖を構えるのやめない? あとどっから出したのその杖?
「訊いてもいいですか? 世界を征服してどうするつもりなんですか?」
「魔族と人間がともに暮らす世界を作る!」
「……そんなことが可能だと。本気で思っているんですか?」
「は? 何言ってんの?」
「?」
「可能もなにも、お前らが滅ぼさなければ成功してたんだよ。あの村は」
「そういえば……」
まぁ、実際にはいろいろな問題はあった。
人間のひ弱さ、寿命、生活環境、食生活など数え上げたらきりがない。
魔族は人間より力が強い分、考えが足りないことが多く、暴力で解決を図る傾向が強い。
人間は魔族よりずる賢く、魔族では到達できない域の建築、料理、鍛冶など魅力的な能力を有していることが、あの村での生活でわかってきた。
お互いが足りていない面を補い合う関係は決して、悪いものではなかった。
「だから、俺に協力してほしい」
こういう頼みごとをする時、人間は頭を下げたり、理由を述べたりとその文化圏で様々な方法があるらしいが、俺はやっぱりこれだな。
そっと、ルミエールに向けて右手を差し出す。
これを『握手』という。
友好を示すのに簡単だし、拳を開いて相手に向けるという動作が気に入った。
「……」
ルミエールは手を伸ばそうかどうか迷っているように胸の前で組まれたままだ。
おそらく、俺が手を差し出している間も時は流れているはずなのに、この間はなんというか、永遠のように長く感じられた。
ルーシェがお空を眺め、俺もこの姿勢でいるのがちょっと恥ずかしくなってきたころ、ルミエールがついに動いた。
「いいでしょう。私もその計画に賛同します」
「ほ、ほんとか!」
「あくまで、今はという話です。あなたの行動も監視する必要があると思います。それに、その――」
「うん? なんだって?」
ごにょごにょ下向いて喋られると聞こえないんだが。
「……罪滅ぼしを、させてください」
「村を滅ぼし、俺の城を壊滅させた後は、自分の罪まで滅ぼそうとするなんて。聖女は破戒僧かなにかなのか?」
「うるさいですよ! あと、城を壊したのは、あなたではありませんか!」
「まぁ、そういう細かいことを気にするなって」
「気にします!」
むぅ! と頬を膨らまし、俺を目の敵にするルミエールが、「はぁー。それにですね」とため息交じりに続ける。
「私は最初から、みんなが平穏に暮らせることを願っていました。もしあなたの計画が成功すれば、魔族への理解が深まり、人々の不安も和らぐでしょう」
そんな計画がうまくいけば、ですが! となぜか強調して言ってきた。
「まぁ、これからよろしくな。ルミエール」
俺たちは『使命』によって歪められた道を歩んできた。
勇者は『魔王を倒す』こと女神から託され。
聖女は『世に平和をもたらす』ことを世界中から願われた。
そして、俺は『勇者に討ち滅ぼされることで、平和をもたらす象徴になる』ことを世界に強要された。
魔王だから、死んで当然。それがお前の使命だなんてのは間違っている。
やりたいこと、叶えたい夢は、いつだって自分の中にあった。
俺は『死にたくない!』とそう願った。
そのために、打倒! 勇者を掲げて特訓に特訓を重ねた末、使命にのまれた勇者を倒すことができた。
次は『俺自身が生きたままこの世界に平和をもたらす存在』になる。
俺が生きているから、世界が対立し、戦争が起こり、悲しむ人が増える。
そんな理不尽な言い分はおかしいって世界に認めさせてやる!
だから、自分の境遇を嘆くようなまねはもうしない。
「なぁ、ルミエール。ルーシェ」
「なんですか?」
「はい。私のことも覚えておいてくださいましたか? 魔王様」
覚えとるにきまっとろうが! ずっと隣にいただろう!
「必ず、俺たちの理想の国をつくろうな!」
ウインク付きでそう言ったら、すっごい冷ややかな目で「なにこいつ? キモ」って口に出された。
俺、ほんとに真剣だからね! 命かかってるから!
世界征服やってやるからなー!
こうして、俺と勇者の使命にまつわる戦いが、ひとつの終わりを向かえたのだった。
end
あとがき:
――ルーシェをもっと活躍させたかった! (後悔)
腑抜けた魔王を平手打ち一発で『運命』から解放させた影の立役者なのに!
出番、作れなかったの無念すぎるよ(´;ω;`)
流されるな! やりたいことやれ! 後悔のない人生を送るんだ!
どんな逆境も、明日を願うことからはじまる!
的なことを考えて書きました。
一番難しかったのは、ヘッダーイラストです!
拡大してみたら、あかんよ!
不出来で稚拙な文書を、ここまで読んでくださりありがとうございました。