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頻尿の話

この年になればなんてことない話だけれど、若い頃‥ことに小学生の頃はトイレに関する問題を口にするのも憚られ、授業中、先生トイレに行ってもいいですかと席を立つことは、クラスの生徒からも、他クラスの生徒からも好奇の目で見られ(見られているような気がして)、苦痛なことでした。

小学校3年生から5年生まで、私は頻尿になっていました。
母からは神経的な頻尿だと聞かされていましたが、自分はそんなことはあるまいと思っていたし、今でも果たして神経的なものだったかは疑問視しています(現在、片腎が腎不全です)。

なにせ、当時母に連れられ、駅から見えるくらいの大きな泌尿器科の看板を屋上に掲げた医院へ通っていました。
そこで母子で診療後、コーラー味のラムネのような色の薬が院内処方で出され、いまいち効いてはいなかったのですが、母が「効いたのか?ちょっとくらい尿を我慢したほうがいいんじゃないか」と、家で何度も試させようとしたのが、たまらなく苦痛でした。
我慢できない結果になると、叱られるわけですから。

思えば頻尿になる前になぜか学校でトイレに行くのが面倒に思えて、1時間目から6時間目まで我慢していた記憶があります。
そして6時間目が終わった直後にトイレの個室に入る寸前、人知れず漏らしてしまったのです。
今なら別に漏らすことなんて、さほど気にすることではないかと思うのですが(大人の尿漏れもあるくらいなので)、当時はショックが大きかったです。
それが頻尿になるきっかけと少しは関連していたのかは分かりませんが、そのようなことは母にも担任教師にも恥ずかしくて言えませんでした。
母は私が成人してからも当時を振り返り、こう言っていました。
「女の先生が厳しいから頻尿になったのだろう。」と。
いや、母も十分に厳しかったし、私を神経質だ、トイレのことを忘れれば治る、我慢すれば治ると責め立てただろうと心で思ったものでした。
そして、繰り返しいうものの、今でも神経的頻尿だった、学校生活や家庭生活と因果関係が有るという確証はどこにもないと思っています。


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