餃子とあのひと
人生を変える本なんてそうそうない。この本で人生変わりました、なんてめったにない話だと思う。
それでも生活を変えてしまう本はたまにあって、本の中の人の言葉や考えがずっと頭に残っていたり、登場した食べものが食べたくて仕方なくなったりする。私が単純な性格だからか、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』(中公文庫、2006年)を読んでからしばらくの間はスープのレシピを調べては、みそクリームスープとか凝ったスープばかり作っていた。
そして新年早々、まさにそんな生活を変えてしまう本に出会ってしまった。『アンソロジー 餃子』(PARCO出版、2016年)。名だたる作家さんたちが書いた餃子にまつわる話を集めた本で、「餃子」だけで一冊できるのにも驚くけれど、それより毎回餃子の話なのに一向に飽きず、肉汁とほかほかの湯気を思い浮かべては毎度じゅるるとお腹が空いて、一冊読んでも足らずにもっと餃子話を欲するのだからすごい。ちなみに他の餃子本も読みたくなって猛リサーチの末いま三冊ほど積読している。そんなわけで案の定、頭の中はもう餃子でいっぱいになってしまった。
とは言え餡を作ったり、ましてや皮から作るなんてことには気が乗らないので(あれは皆でワイワイやるものだ)、いつもの198(味の素か大阪王将)のよりちょっとイイ冷凍餃子を買って楽しんでいる。無人の冷凍餃子専門店とか、餃子だけの自販機なんてのもある時代だから、スーパーやドラックストアの品揃えもすごい。とある店舗は冷凍庫一つが丸々餃子コーナーなっていて、日本各地のご当地・名店餃子が揃っていた。あそこかあら少しずつ買っていけば1年は楽しめるだろう。
職場の先輩が常にストックしていると教えてくれた「按田餃子」はちょっとイイ餃子よりもう一段階イイ餃子なだけあってお値段もやや高い。けど先輩が常備するくらいなのだから、思い切って40個のセットをお取り寄せしてみた。ちょっとイイ餃子をお取り寄せ&冷凍庫にストックだなんてひとり暮らしをちゃんと楽しんでる人だと浮かれながら、熱々もちもちの按田餃子を頬張った。そりゃあとても美味しい。茹でてる時に浮かんでくる姿も可愛い。ちなみにこの按田餃子、いわゆる一般的な餃子の形ではなく、帽子をひっくり返したような形(先輩談)をしている。それも可愛い。
いきなりだけれど私には付き合っている人がいて(あの人を「彼氏」と呼ぶのは変な感じがするけどまあ彼氏である)、彼は地元に、私は地元を離れて関西にいる(「遠距離恋愛」と呼ぶのは変な感じがするけどまあそれである)のでなかなか会えない。しかし私が東京に出る用があり、夜ごはんくらいなら会える! ということになったので、迷わず中華屋さんをリクエストした。
お店で餃子を食べるということには並々ならぬ憧れがあったし、めったに会えない好きな人と久々に会えて、しかも一緒に中華を食べるなんて最高だ! 私の楽しみボルテージはぐんぐん上がった。
そんな風にこちらの期待を一方的に背負わせてしまった餃子が、食べてみると案外ふつうだった。いや美味しいのだけど、普段の美味しいの範囲内って感じ。案外ふつうだった餃子によって高まってきた気持ちをしゅんともさせたくないし幸福なままでいたい。私は自分の気持ちより一回り大げさなリアクションをした。それなのに、向かいに座っていたその彼、私の気持ちをよそに「大学近くの中華屋のが美味い」と言いよった。衝撃。なんでこの幸福な瞬間にテンションが下がるようなことを口に出すのだと責めそうになったけれど、それこそ雰囲気を壊すのでグッと飲み込んだものだ。
世の中で「モテる」と言われる人って、恋人と一緒にいる時に背伸びをしていたり、「興味ないなあ」と思っても楽しそうに聞いていたり、本心はどこかに置いて結構な部分繕っているんじゃないだろうか。それをされると優しい人って感じちゃうのだけど。案外ふつう餃子を食べた帰り道、ぼうっと考えていたのだけど、ふつうのものを食べてふつうだって素直に言っちゃう人こそ信用できる人なのかもしれない。気持ちが下がりはするけれど、そこに嘘がないのは確かだ。つまらない時につまらなそうにする、眠い時に眠そうにする、それと同じで喜んでいる時は本当に嬉しいのだろうし、笑っている時は本当に面白いのだろう。そこに嘘はない。ふつうの餃子を食べてふつうと言える人、大切にしたいし、見習わなければならない。
……こんな着地をする予定ではなかったのだけど、こういう生活の一つひとつを人生とするならば、人生を変える本って結構あるのかもしれない。