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怒られるということ

昨日上野のモネ展に行って、あまりにも良すぎて、良い湯に浸かった後のような心地で帰ったのに、その日記は書かず、今日の仕事でお客に怒られたことを書こうとする辺り、自分の根底のネガティブさを再認識。

最近、よく怒られます。その怒りの種類は様々で、自分の思い通りにいかないこと、イライラへの八つ当たり、誰かに構って貰いたいだけの怒り(最早これは怒りとは違うかも)、不服…複合的なものがほとんどながら、間違いを諭そうとする真っ当な怒りには触れてないというか、そういう「在るべき怒り」を持ってる人は、今の時代、そもそも「怒る」という手段を使わないのかもしれないと思ったりしてます。
そんな中で今日言われたこと。
「本好きは背表紙を下にして袋に入れると怒るから」とおばさまからご意見。
最初は、この人から直前に、お会計分けたりや、支払いのやり直しなど、色々注文されていて、面倒くさい人だな〜と思っていたのもあり、ぶっちゃけ(主語デケェな〜このおば…)位にしか思っていませんでした。
私も本好きだけど別に何とも思わないし、怒られたのこれが初めてだし…とモヤモヤしてたのですが、よくよく考えると、「確かに本の入れ方は一辺倒じゃないよな〜」と、情報量が多すぎる仕事において、多忙で脳死して気付かなかった所を気付くきっかけが来たのでは?と少し運命のようなものを感じました。
十中八九イライラのやっかみで出た言葉だとは思いますが、泥の中に気づきが眠ってることもあるかもしれないという気づきと、「いい子」として生きてきて、怒られ下手な自分はやっぱり落ち込んでるので、「怒られること」を哲学したくなりました。良い本とかあったら読みたい。
何でもかんでも間に受けていたらキリがないし、自分を壊してしまいかねないけど、「怒られる」というのは極めて受動的で、ある日突然降ってくるものでもあるからこそ、怒られ上手になりたいなと、重ねて思います。

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