櫻井よしこなど極右的愛国分子たちの言動は,いつも舌足らず,唇寒しの「対米服属のヒラメ目線」
◆ 2023年7月30日に記す〈前文〉◆
本記述「全体」の初出は2014年2月20日であったが,本日復活させるにあたっては,この内容に古さを感じなかったゆえ,ほぼ同文をもって再掲することにした。しかし,この冒頭の段落では,いくらか補記をくわえての議論となる。
付記)冒頭の画像は『朝日新聞』から借りた。
最初に,10年近くも前の話題となる。米日国際関係の舞台におけて,当時,つぎのごとき出来事が生じていた。
2014年2月中の出来事であった。当時,衛藤晟一首相補佐官が「安倍晋三首相の靖国神社参拝に失望した」とする声明を発表した米政府に対して,「われわれのほうが失望だ」と発言した。
これに関して,菅 義偉官房長官は2014年2月19日午前の会見で,衛藤補佐官発言は「政府の見解ではない」と説明すると同時に,衛藤に電話で発言の取り消しを指示し,衛藤も了承した。
以上のごとき米日間のやりとりをめぐっては,10年近くも時が経過した現時点においてとなるが,あらためてつぎのように言及しておきたい。
ここで,関連させて話題に挙げるのは,大岡昇平(1909-1988年)という作家である。
大岡は,太平洋戦争もすでに日本が完全に劣勢になっていた1944年7月に召集され,フィリピンのミンドロ島に赴いたものの,1945年1月米軍の俘虜となり,レイテ島収容所に送られた。フィリピン戦線はそれこそ,やたらに無駄死を大量に発生させる戦場になった。
フィリピン戦線における日本軍の死者は約51万8千人にも上り,そのうち約36万9千柱の遺骨が放置されたままである。また,1945年2~3月のマニラ市街戦は,市民を巻きこんで約10万人の生命を奪い,約110万人のフィリピン人が死亡した。
ところが,日本の東京都,皇居の北側に位置するあの靖国神社は,そうして戦死(餓死を大勢含む)させられた日本兵の「死霊」の薄影だけは,靖国神社の祭神に「英霊」として合祀したと主張している。
敗戦後,大岡昇平はフィリピンの戦場を生きのびた体験をしたのち帰還までをまとめた『俘虜記』を執筆し,1949年第1回横光利一賞を受けた。大岡は類似する他著として『レイテ戦記』なども公表していた。
大岡の『俘虜記』はとくに,現地フィリピンの「収容所を描くことで占領下の日本の姿を《戦後日本の縮図》」とみなす発想をみいだした。つまり,この国じたいを「アメリカ軍が設営した俘虜収容所とみる文明批評」を記述した。
本日のこの記述が関心を抱くのは,大岡昇平が観取してみたその種の在日米軍「観」を媒介にした話題であり,すなわち,21世紀の現在における「われわれの立場」からすると,その在日米軍という存在が,いかに確認しなおされるか,そして意味づけられうるのかといった「現実問題」である。
安倍晋三の第2次政権期(2012年12月⇒2020年9月16日)においてとくに,自分「自身の精神昂揚ぶり」をたびたび体験できた櫻井よしこであったが,この女史に代表される「極右的な扇動家」ぶりは,自分たちが「似非言論人」であった事実をもって,まっこうから批判されておく余地があった。
ここではとりあえず,つぎのように突っこみを入れてから,本日記述の核心に入りたい。
★-1 アメリカにまともを口を訊きたいのであれば,まず,在日米軍基地をすべて撤去してから,であった。
★-2 安倍晋三周辺の腹心やブレーンらは, 品位・品格に欠けていただけでなく,その姿勢・発言にぶれがあり過ぎた。
そのさい,安倍首相に代弁してモノをいっていたつもりなら,わざわざ遠回りして語るまでもあるまい。自分自身が本人に直接モノ申せばよかった。
※-1 安倍晋三第2次政権時,この首相を周辺を囲んでいた人物たちの品位の不在と品格の欠落
安倍晋三の第2次政権が走行(盲走)していた時期,この首相の範囲・周辺において重要な地位を占め,たいせつな役割を果たすべき人物たちの,まことに締まりのない言動が,ことごとく顰蹙を買うかたちで結果していた。
なかでも一番めだっていたのが,当時,NHK会長になったばかりの籾井勝人。それでなくとも,NHKの経営委員になった人物たちが,この準国営放送局の中立性など「もともとないに等しい事実」を傍証する発言を頻発させている。
そこで本日まずとりあげてみるのが,アメリカ駐日「ケネディ大使 籾井会長,百田委員の発言を理由にNHKの取材に難色の報道」2014年2月18日のニュースであった。引用は産経新聞系の “ZAKZAK” であったから,せいぜい「コメントを出していた」識者からして問題があった。もとから,偏向し過ぎた意見しかいえない人でもあった。
☆ ケネディ大使の母国は「自由の国」のはずだが ☆
キャロライン・ケネディ駐日米大使の様子がおかしい。NHKがインタビュー取材を申しこんだところ,米大使館を通じて,籾井(もみい)勝人会長や,大ヒット映画「永遠の0」の原作者で,経営委員である百田尚樹氏の発言を理由に難色を示したというのだ。共同通信が〔2014年〕2月17日配信した。思想信条の自由への圧力,価値観への干渉になる可能性もある。
「常識では考えられない。『そういう話を仕立てて,利益を得る勢力があるのでは?』と疑ってしまう。だが,もし事実ならば,同盟国への干渉に他ならない。一国の代表として大変なことだ」。拓殖大学の藤岡信勝客員教授は、こう語った。
補註)この藤岡教授は,ただし「極端・観念ウヨクの最たる見本の先生」であったから,こういう種類のいい方しかできない人物ゆえ,要注意であった。ともかく,「同盟国(=日本)への干渉」だと指摘するかたちで,アマリカ側を批判していたつもりらしい。
だが,アメリカの干渉(監視・圧力・牽制・指図)に対してとなると,いつもへいへいいってしたがっている国が,東アジアのどこに確かに存在してきた事実をしっての発言か。対等にかつ公平にモノをいえば,そういうコメントになりうる。
だが,その前提のところからして関所が待ちかまえていた事実を,まさかこの藤岡先生がしらないわけがない〔と思いたいが……〕。
結局,日本側はアメリカに対してヘッピリ腰でしか対面できていない。
共同通信によると,NHK国際部取材班は昨〔2013〕年11月のケネディ大使着任直後にインタビュー取材を申しこみ,実現を前提に交渉を継続していた。
ところが,〔2014年〕2月上旬に取材班が大使館を訪問したところ,報道担当官から「百田委員と籾井会長の発言で,インタビューは困難になった。イメージ悪化を恐れる大使本人とワシントンの意向だ」との趣旨を伝えられた-という。
籾井氏は〔2014〕1月25日の会長就任会見で,慰安婦問題について 「どこの国にもあった。いまのモラルでは悪い」「(補償については)日韓基本条約で全部解決している」と発言。
百田氏は東京都知事選の応援演説で,米軍による東京大空襲や原爆投下を「大虐殺」といい,「南京大虐殺はなかった」などと語っていた。
補註)南京大虐殺事件がなかったという主張は,東京大空襲や広島・長崎への原爆投下がなかったというのと同じ,認知症の病域を飛び出た盲論。
以前,南京大虐殺事件をかたくなに認めなかった人物でも,その後,何万人・何十万人殺されたかの数値に関して意見の相違は残しても,この事件そのものがあったことは,認めるほかなくなっていた。
いまもなお,この事件じたいがなかったのだと妄想できるのは,神様並の超能力の持主か,あるいは,ひたすら盲目的に完全否認できるクソ度胸の人間しかいない。
〔記事に戻る→〕 共同通信の取材に,NHK広報部は「取材・制作の過程にかかわることについては回答を差し控える」とコメントしているが,同盟国の全権大使として,今回の対応はいかがなものなのか。
国際政治学者の藤井厳喜氏は「ケネディ大使は和歌山県太地町のイルカ漁を批判して,日本国内で反発を受けた。それでインタビューを避けているのかもしれない。ただ,価値観が違っても,日米両国の大きな問題のために判断して行動してほしい」と語った。
補註)イルカの問題と記述中の問題とをわざわざ比較したるところは,誇張が過ぎるコメントであった。ここでコメントを求められた藤井厳喜も,単なるネトウヨ的な先生の1人であった。
「左右双方のコメント」をもらわねば,いわゆる報道における公正・中立の確保はむずかしい。産経新聞系のメディアであるから,このような期待をしないほうが賢明かもしれないが,偏った世論作りに貢献することは確実である。
前出の藤岡氏は「ケネディ大使の着任が決まったとき,ある識者が『外交の素人を大使にするなど,オバマ政権は日本を侮辱している』と語っていた。そういう懸念が現実になりつつあるのかもしれない」と語っている。
註記)「ケネディ大使 籾井会長,百田委員の発言を理由にNHKの取材に難色の報道」『zakzak』2014.02.18,http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20140218/plt1402181810003-n2.htm
補注)以上はあくまで『夕刊フジ』のネット版記事であったから,みえすいた論旨しかのぞけなかった。
※-2 櫻井よしこ女史の放つ発言の特質
本ブログの記述〔とはいっても旧ブログのそれだったので,2013年5月9日」に書いた,
「中韓の内政干渉を嫌う対米従属国日本:櫻井よしこの屁理屈」
「◎アメリカにはろくにモノをいえなくとも,対アジア に向かうと突如居丈高の発言ができる,この国のガチガチ保守・右翼のひ弱さ◎」
「中韓に文句をいうヒマがあるのなら,まず,なによりもさきに米国にもモノ 申すのが筋である」
という論題というか見出しなどをもちだし表現していた文章が,ここでも使えるということで,※-1で触れた論点にも密に交錯しているので,これを本日の記述に活用することにした。なお,記述そのものについては随所で,「その後」や「本日なり」に即した改・補筆もなされている。
※-1の内容に関連しては,菅 義偉官房長官が 2014年2月19日の記者会見で,衛藤晟一首相補佐官が動画投稿サイトで発言した内容を,ただちにそのサイトから該当の動画を撤回させていたけれども, この日本政府・内閣側の対応が,アメリカという国家に対して,日本がどのように立ち位置にいるかを教えている。
それでは,櫻井よしこの本題に入る。
◆ 公益財団法人国家基本問題研究所櫻井よしこの意見広告 ◆
1) 本日の意見広告(ここでは,2013年5月9日事件の話)
『朝日新聞』〔2013年5月9日〕朝刊30面,ラジオ・テレビ番組欄の「脚部3分の1の紙面」を使い,ある意見広告が出されていた。
これには,『公益財団法人国家基本問題研究所理事長 櫻井よしこ』の写真を添えてあったが,日本・日本国・日本民族を総代表できているらしい「コチコチの保守・右翼陣営のマドンナおばさん」が,「中韓の内政干渉に 屈するな」と気勢を挙げ,意見する広告である。
こういう意見広告をみると,すぐさま不思議に感じさせられる〈あること〉が思い浮かぶ。それは,敗戦以来の「GHQ,そして,現在におけるU.S. A. と日本国との軍事政治的関係」で観るとき,いまだに屈従的な《対米属国状態》を継続させられている「日本国のありかた」についてである。
こちら日本国側の,もっとも基本的な政治経済基盤についていえば,そのアメリカから押しつけられている「内政干渉を押し返す気構えが国民の1人ひとりに求められています」と強く主張することが,櫻井よしこにとってはいちばん大事な先決問題であるはずであった。
ところが,U. S. A. の存在・関与はそっちのけで,ともかく中韓は生意気だといわんばかりであって,感情のみを先行させた,このような「非生産的・後向き」の『対アジア観』は,まったくにいただけない(イケスカナイ?)。
本ブログは,先日の記述において国際外交は「脅し」がその基本要因にあるといったことがある。しかし,国際政治はいつの時代においても,「平和と戦争」の両軸に足場を置きながらその交渉していかざるをえない《実際の舞台》に立っている。
したがって,脅しの面だけをやたら強調することにしたら,その「平和と戦争」とに跨がって幅広く開けている「国際次元における政治・外交の立体空間的な広がり」を,わざわざ喧嘩腰になって,そのすべてを〈戦争〉という『ごみ箱:修羅場』のなかに押しこんでしまったり,あるいは,故意に破壊していったりするごとき愚かな政治姿勢になってしまう。
だから,政治・外交というものが「そうならないように」必死になって努力するのであって,この肝心な要所を,安倍晋三やその側近・ブレーンたちのように〔それも自分も同じように「脅す」ような発言をしておいて他国に対しては〕「脅すな」とだけいいかえすだけでは,なにも事態を進展させることができなくなる。逆効果なのである。
2) 過去の歴史
1945年以前の大日本帝国がアジア諸国で,なにを侵略戦争の進展過程として記録してきたか。まさか勉強家の櫻井よしこ女史がしらないわけはあるまい。
帝国日本のアジア諸国に対する侵略路線は「脅し一辺倒」,ひたすら武力にものをいわせ,昭和17〔1942〕年前半には大東亜共栄圏のだだっ広い支配領域 を抑えていた。
この東亜「共栄」圏のその後における維持のためにも,帝国日本は武力による現地の統治を不可欠としていた。狭義でも広義でもともかくも,その「脅し」を絶対的な背景にした占領地支配の方法が採用されていたことは,誰も否定しない。
靖国神社参拝,つまり「尊い命を捧げた人々の魂を祀る」この神社に日本人が参拝にいくことに「中韓は文句をいうな」というのが,櫻井よしこの理屈である。 だが,中韓側からすれば,つぎのような〈対抗の理屈〉も,りっぱに成立している。
かつて,帝国臣民として日本の戦争に参加・協力した韓国人(朝鮮人)や中国人(台湾人)も大勢,その「尊い命」を捧げた将兵として靖国神社には「英霊」として合祀されている。だから,この戦争神社に対してなにかと意見をいうのはあまりにも当然であり,堂々とそういって要求してよい〈歴史的な因果:現実的な事情〉をもっている,と。
そもそも「戦争ために尊い命を国に捧げた」という表現そのものが,絶対的におかしいのであって,犬死に・無駄死にした日本軍兵士(植民地出身の軍人・軍属も含めて)が,いったいどのくらいいたかについては,櫻井よしこもまさかしらないはずがあるまい。
戦病死・餓死・輸送船撃沈による溺死など,その数々を全部足せば,戦場で砲弾や銃弾に当ってしんだ将兵よりもずっと多いのである。あれこれ異論があるとはいっても,日本軍将兵の最大6割(藤原 彰)が,少なめに観たい見解によっても,その4割近く(秦 郁彦)が餓死であった。
それがなんで・どうして,いきなり飛躍して,国家のために「尊い命」を失った旧日本帝国軍「将兵という飛躍した《概念の形成》」にまで発想になりうるのか?
このお決まりの常套句「尊い命」を口にする人たちは,この種の批判を受けて,まともに答えられない。「生きている人間の側から,ずいぶん身勝手に死者を定義するな」という叫び声が,英霊たちである亡霊からは湧き上がっている。
それほど に大事で大切な「尊い命」であるならば,無慮240万余もの〈英霊〉が合祀されているという靖国神社〔⇒つまり,靖国がそれら霊をまとめて一緒くたに面倒をみているといいはる国家神道式的なまやかしの宗教精神〕の歴史と現状についてからして,
なぜ,それほどまで多くの戦争犠牲者をこの国は出してしまったのか,これを反省する観点が必要であるが,このもっとも肝心な問題からは完全に逃亡しているのが,靖国神社の立場であった。
その狡猾さといったら「死人に口なし」とはいえ,そこに合祀されている英霊たちが激怒してなんら不思議はないくらい,調子よくご都合主義であった。
どだい,口幅ったくも「尊い命」とおうむ返しに唱える靖国の関係者たちの精神の裏側には,生きた人間として作為が意図的に隠されていた。
3) 靖国のまやかし
ところが,その英霊 240万余もの,けっして「尊いかたちで死んでいったのではない」,まったくの犬死に・無駄死の戦場死(戦病死・餓死など)をさせられた兵士たちが,本当のことをいえば多数派であったその〈霊たち〉を,靖国神社は勝手に都合よく引き出しては《英霊》と名づけたうえで,国家のために,いいかえれば,天皇制日本国のために再利用(リサイク ル)しようとしてきた。
霊魂のリサイクルなどといった話題となれば,もしも,この事実をしった英霊たちはきっと,靖国神社は俺たちのことをいいように利用していると,立腹するはずである。しかし,残念なことに死人=英霊(?)に口はないし,それ以前に遺骨さえない神社が靖国であったから,話はいささかならずややこしくなる。
1960年代後半から1970年代前半まで,靖国神社国営化法案がなんども国会に上程された事実は,その英霊を利用した国家主義体制を志向する保守反動の政治勢力の反動的な存在性を教えていた。
よくいわれてきたことだが,あの戦争中「天皇陛下,万歳!」といって死んだ将兵たちは,このことばを唱える時間的・空間的な余裕があってこそ,それもまわりに軍隊・軍人の仲間がいたからそういったのであって,ふつうは死ぬ瞬間になれば必らず「お母さん」あるいは「女房や子どもたち」の名を呼んで死んだのであった。
思えばこのような「尊い命」をもった1人ひとりの人間たちを「1銭五厘」で死の戦場に送りこみ,あるいは,軍馬・軍犬の1匹や三八式歩兵銃1丁よりも「軽い命」だとしか,この「人間である兵卒たち」をとりあつかっていなかったのが,日本帝国陸海軍の本性であった。
それなのに,いったん兵士が死んだとなると,断わりもなしに勝手にその霊だけとりだし,九段に送りこんでは,靖国の《英霊》だといかにも崇敬の念もたっぷりにもちあげては褒めそやす。これ以上に理不尽な「国家の論理」はあるまい。
解説)「銃身上に菊の御紋マークと三八式の文字が付きます, 菊の御紋はこの銃は天皇からお借りしている銃という印です」。この明治38〔1905〕年に正式採用された小銃が日本軍兵士にとっては「命よりも大事」だとされた(本末転倒の「菊の紋章」)。
--(ここで,どこかの誰かの発言が聞こえた)
なに,いってやがんでぇ,ええっ,「死んで花実が咲くものか」? なんたって,「命あっての物種」じぁ,ねーかヨ。
国家は国民の生命や安全を守る使命があるといいながら,そしてまた,この使命を果たさせるために命を落とした将兵のことを「尊い立場」にあるといっていながら,その実態にあっては,『軍人勅諭』(⇒1882〔明治15〕年1月4日,明治天皇が陸海軍の軍人に下賜した勅諭。正式名は『陸海軍軍人に賜はりたる敕諭』)でいわれているとおり,兵士たちに向かいこういいはなっていた。
「〔天皇への〕義は山嶽より重く
〔そして汝の〕死は鴻毛より軽しと心得よ」
つまり,国家・天皇のために命を捧げることに関してとなれば,「お前たちの命は, 空飛ぶ鳥についている1本の毛よりも軽いのだ」と教えていた。この教えには,人権もなにもあったものではない。これがあの「明治大帝」といわれた睦仁天皇が臣民に出した勅諭だとすれば,この明治天皇の人間軽視の価値観は問題がありすぎる。
4) 見当違いの意見表明-モノいうべき相手はアジアではなくアメリカ-
したがって,21世紀にいまに生きる櫻井よしこが,そのようにして命を国家に捧げた〔というよりも犬死に・無駄死にさせられてきた,少なくとも百万人以上の〕旧日本軍将兵の立場にとっては,靖国神社に祀られるようが・祀られまいが,現在の対アジア国際政治問題にかかわらせて「中韓は日本に対する内政干渉をやめろ」といい,しかも,その根拠に靖国参拝問題を絡ませた姿勢は,お門違いの典型的な見本好例である。
前述のように,それよりも,敗戦後から今日までアメリカさんのいいなり・いうとおりになんでも「いうことを聞いてきた」この日本国の国際政治的な不感症,いいかえれば対米従属路線を忠実に遵守する以外,なにも能がなかったこの国の体たらくのほうを「標的:問題」にして批判するかたちで,新聞紙に意見広告を出すほうがさきではないか。
このようなことがらは,櫻井よしこがしらない過去における歴史の事情ではあるまい。アメリカさんにはモノをよくいえなくとも,対アジアの国々であれば,こちらに限ってだけは「内政干渉を押し返す気構えが」あるというのは,どうみてもチグハグというか,見当違いも甚だしい。
※-3「首相,歴史認識巡りトーン抑制 米への飛び火を警戒」『日本経済新聞』2013年5月9日朝刊
この記事はこう伝えていた。
--安倍政権が韓国や中国との対立の一因となっている歴史認識問題の沈静化を探りはじめた。
〔2013年〕5月7日には韓国の朴 槿恵(パク・クネ)大統領がオバマ米大統領との会談で安倍晋三首相の歴史認識に言及し,問題が米国にまで飛び火しかねない情勢になってきたためだ。
「学問的にさまざまな議論があり,絶対的な定義は決まっていないと申し上げた。政治家として立ち入ることはしない」(安倍晋三)
安倍首相は5月8日の参院予算委員会で,第2次世界大戦の「侵略」の定義をめぐる自身の発言についてそう語った。首相は4月23日の国会答弁で「侵略という定義は国際的にも定まっていない」などと発言。
この前日,戦後50年を機に過去の植民地支配と侵略を謝罪した1995年の村山富市首相(当時)談話を 「安倍内閣としてそのまま継承しているわけではない」と答弁したことも相まって,中韓両国の反発を招いた。
補註)ここで安倍晋三が申したてている理屈は,完全に遁辞である。彼自身が現に「その侵略ということば」の定義問題に立ち入る発言をしている。それでいながら,侵略の定義が決まっていないともウンヌンしている。
いっている中身が両立しておらず,チンプンカンプン。肝心な論点については,きわめて自分勝手なご都合主義の逃げ口上まで披露していた。「侵略したほう」から「侵略の定義がないとかかんとか……」という議論をすることじたい,「侵略されたほう」らすれば, トンデモない暴論と受けとられるほかない。
すなわち,「安倍晋三が日本国首相の立場からの主張として」「いままさに〈侵略の定義〉ウンヌンにからませて」「いかにも日本は侵略をしていない,とでもいいたいような発言であったからこそ」,くわえては「このことば〈侵略〉そのものが従来から問題になってきているのに」もかかわらず,
さらには,日本側の 「1995年の村山富市首相(当時)談話」を「安倍内閣としてそのまま継承しているわけではない」とわざわざ断わっているのであればこそ,みずから近隣諸国との歴史認識問題に議論を,自分の主張に固執したかたちでのみ,ともかく起こさせようともくろんでいると指摘されて当然である。
安倍晋三は,その「侵略」の定義問題にかかわる日本政府の歴史認識をあえて動かし,わざわざアジア諸国に警戒の念を喚起させている自分の立場をよく理解できていない。
好意的に解釈しても,安倍晋三はアジア諸国に対する「自分の見解」をあらためて前面に出し,そのように押しつけようとしている,という程度にしか受けとってもらえない。
中韓側から観れば,この安倍晋三の態度は「一種の脅し」である。安倍晋三は,他国からのその種の脅しは許せないが,自国のそれは堂々とやります,といっているようなものである。
〔2013年〕5月8日の首相の国会答弁は,ややトーンを抑えたかたちである。これ以上問題が広がれば,日米同盟にも悪影響を与えかねないとの判断が透けてみえる。
最近の米メディアは,歴史認識にかかわる首相発言を批判的にとりあげるケースが目立つ。シーファー前駐日米大使は米国でのシンポジウムで,日本政府が従軍慰安婦に関する1993年の河野談話を見直すことに慎重な姿勢を示した。
米国は慰安婦問題を人権問題ととらえる。第1次安倍政権の2007年に首相は従軍慰安婦をめぐる自身の発言で,日本政府に謝罪を求める米下院決議の採択を招いた経験がある。対北朝鮮政策でも日米韓3カ国の連携を重視する米国にとって,日韓対立の先鋭化は望まない。
外務省幹部は「米国はつねに日米韓の連携が大事だといっている。われわれも同じ気持ちだ」と話す。日中関係も,沖縄県・尖閣諸島周辺での不測の事態を避けるためにもこれ以上の悪化を防ぎたいのが米政府の立場である。
補註)この段落の記事は,もちろんアメリカという国家の利害を中心にいわれている主張・内容である。しかし,それにしても安倍晋三の言動は,自国内利害関係のみの視野狭窄状態になっており,その国際外交上の政治感覚において,なにか大事な欠落があるようにしか観察できない。
この程度の世襲3代目政治家にこの国の舵取りを任せなければならないというのは,まことに情けない。黄色い嘴がよく鳴くしぐさばかり目立つ。これに対して海を挟んだ「双頭の鷲」の国が,このピィー・ ピィーよく鳴く小鳥に対して「親鳥として」注意している構図がみえる。
※-4「歴史認識が連携阻害 韓国大統領,日本を批判- 同上『日本経済新聞』2013年5月9日朝刊-
訪米中の朴 槿恵(パク・クネ)韓国大統領は〔2013年〕5月8日,米上下両院合同会議で演説した。北東アジアで政治や安全保障面の連携が進んでいないと指摘。
また「正しい歴史認識をもてなければ明日はな い」と名指しを避けつつ日本を批判した。環境問題など政治以外の分野から協力を進める自身の構想を説明し,日韓や日中の対立が域内協力を阻んでいるとの認識を示した。
初めての訪米で議会演説をするのは珍しく,北朝鮮問題での連携を念頭に,米国側が異例の厚遇で迎えた。朴氏は5月7日の米ワシントン・ポスト紙とのインタビューでも「日本は韓国だけでなく周辺国の過去の傷口をかき回し結束を弱めている」と批判していた。
★ 最近発売の日米安保問題関係の文献 ★
金子 勝『憲法の論理と安保の論理』(勁草書房,2013年4月,¥4,305-)の広告が出ていた今日〔2014年5月9日〕の『朝日新聞』朝刊1面の広告,これは2回目の広告だと記憶している。
安倍晋三さん,この本の以下の目次をみただけでも,あなたのオジイチャンが日本国に残してくれた『「負の遺産」の目録が分かる』ということ,きちんと習ってほしいものである。
たとえ,自分と意見が正反対の人であっても,対話くらいはまともにしなければ,民主主義国家日本の首相の名折れになりかねない。
※-5 小括としての若干の議論
1) 負け惜しみの議論
櫻井よしこは20年ほど以前に『GHQ作成の情報操作書「眞相箱」の呪縛を解く-戦後日本人の歴史観はこうして歪められた-』(小学館,2002年)を公刊していた。
櫻井は,日本の保守・右翼言論界のマドンナ的存在であったが,他国・他者を批判するのに短兵急なあまり,彼女のほうこそがしばしば「自家撞着的に歪められた理屈」を振りまわす知識人であることを露呈していた。
櫻井よしこのいいぶんは,たとえば,こういう抗弁に表現されていた。
これは,負け惜しみに聞こえる戦勝国側「GHQ=アメリカへの反論」であった。「米欧の一流帝国主義」に敗北した「亜流帝国主義の旧大日本帝国」側の「部分的・断片的な正当性」,換言すれば「盗人にも三分の理」を全面的に否定された〈いらだち〉から,まさしく発せられた言辞であった。
先発組の帝国主義諸国が一大強盗団であるとみなしたうえでも,日本帝国をそのように弁護するのは,「目くそ,鼻くそを謗る」言辞の交錯にしか映らない。
「仮に」大日本帝国が大東亜戦争を制覇し,アジアにパックス・ジャポニカ的な超大帝国を定立させえていたとする。そうなっていたらいたで,こちらでもまた,「アジアでの植民地主義の一掃」が担保されなかったとする判断は妥当でありえただけでなく,かえってまた「独立運動を惹起させるほかなくなる東亜版パックス・ジャポニカ」を想定してもよいのである。
被支配側のアジア諸国・諸地域・諸民族にとっては,「米欧」だろうか「ニッポン」だろうか,帝国主義の圧政国家であった事実に,なんら相違点はない。ただし,帝国主義間でその相違点を2次的に指摘するのは自由で,いかようにでも認識が可能である。
その程度になる「歴史における〈仮の〉必然」「予測:読み」であったならば,櫻井にももちろん諒解してもらえる範囲内に入ったはずである。
櫻井よしこのいう「口惜しく思う」ことは,「なぜ日本が戦争に走ったか。あの戦争は何だったのか。それらを知ったあと,私たちの目には新たなアイデンティティ本来の日本人のあるべき姿が,たしかなものとして,見えてくるのではないだろうか」という理解が,GHQの占領政策:情報操作書「眞相箱」の呪縛によって妨げられてきたという〈敗戦後史の経緯・実相〉であった。
註記)同書,57頁,63頁
2) 対米従属国:日本を直視しているのか
それでは,彼女がいった「新たなアイデンティティ本来の」「日本人のあるべき姿」よりも当然以前にあったと思われる,つまり,1945年8月までは間違い なくあったはずその「古いアイデンティティ本来の」「日本人のあるべき姿」とは,いったいどのような実体であったのか問われねばなるまい。
今日とりあげた「靖国神社」問題に関する櫻井よしこの「意見広告」は,中韓による「内政干渉」に全面的に反発する主旨であった。だが,どういうわけがあるのか分からぬが,アメリカの関連抜きでの主張であって,いわば画竜点睛を欠く発言であった。
最低限,櫻井『GHQ作成の情報操作書「眞相箱」の呪縛を解く-戦後日本人の歴史観はこうして歪められた-』(小学館,2002年)といったこのような書物のなかでもいいから,アメリカに対しても彼女が放ってきた〈批判の姿勢〉にみあうような論理性ある反論を,今日の「意見広告」(前段に紹介)のなかにも反映させてほしかったところであった。だが,これについてはまったく影も形もなく,ただ中韓に対する批判しかない。
前段の記事紹介にも書かれていたように,訪米中の朴 槿恵(パク・クネ)韓国大統領が米上下両院合同会議で演説し,北東アジアで政治や安全保障面の連携に関しては,日本も「正しい歴史認識をもてなければ明日はない」と日本を批判していた。
これはすなわち,アメリカのいうことは日本も〔いつものように黙って〕きちんと聞いたうえで,「日本は韓国だけでなく周辺国の過去の傷口をかき回し結束を弱め」ているのだから,「日韓や日中の対立が域内協力を阻んでいる認識」を是正する努力をしなければならない,という意味である。
ところで,靖国神社という存在は,敗戦後の日本の政治過程のなかで,どのようにその性格を変質していかざるをえなかったか。
敗戦直後,「神道指令」(1945年〔昭和20〕年12月15日,連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が日本政府に対して発した『覚書』「国家神道,神社神道ニ対スル政府ノ保証,支援,保全,監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」(SCAPIN-448)が発せられた結果,その宗教的性格は「国営の軍国神社から一宗教法人に」変えさせられていた。
アメリカ占領軍(GHQ:連合国軍最高司令官総司令部)は,21世紀のいまになってもなお実質でそのまま,日本全国に散在する米軍基地となって居すわっている軍隊組織である。日本国の防衛・軍事問題の中枢はアメリカに牛耳られている。
安倍晋三個人がどのような国家全体主義精神の持主であっても,アメリカ政府の意向は無視できなかった。敗戦後における日本とアメリカとの切っても切れないとても深い軍事的枠組みのなかに,日本は嵌めこまれてきた。その意味でも,アメリカ抜きの靖国問題の議論は,いちじるしく均衡を欠く展開とならざるをえない。
本日(ここでは,2013年5月9日このことだったが),櫻井よしこが力説していた「財団法人国家基本問題研究所」意見広告の核心=「内政干渉を押し返す気構え」はなによりもまず最初に「アメリカに向けて」顕示し,強く訴求しなければ,その意味はない中身であった。
3) 年次改革要望書
1970年代以降,高度経済成長を成就した日本国に「経済的な脅威」を感じたアメリカは,1980年代以降,日本を経済面からやっつける=「経済的にも対米追従の国家体制」にするための〈必死の努力〉をしてきた。
対日「年次改革要望書」という「日本に対するアメリカ側の一方的な要求」は,1994年に始まり(関岡英之『拒否できない日本-アメリカの日本改造が進んでいる-』文藝春秋 2004年参照), 民主党政権の鳩山由紀夫内閣の時代になって2009年にようやく廃止された。
だが,これを実質的に継続させようとするアメリカ側の「日本に対する要求」 は,いまもなお執拗につづけられている。しかも,こうした「経済的な日米従属関係」が日本国民にきちんとしらされない方法で,いまもなおひそかに実行されているところが問題である。
衆議院議員小泉龍司(2005年9月の総選挙で落選)は,2005年(平成17年)5月31日の郵政民営化 に関する特別委員会において,この要望書について,「内政干渉と思われるぐらいきめ細かく,米国の要望として書かれている」と述べていた。
とすれば,日本に対する「年次改革要望書」はまさしく日米安保体制の経済版であり,あるいは日米安保体制を経済面から補完する機能を果たされていた,とまでいってもよい。
日米安保体制・日米地位協定に関しては「思いやり予算」があるが,この思いやりを日本の経済社会全体に拡大浸透させるための具体的な指図書になっているのが,この対日「年次改革要望書」である。この要望書の真意は「日本への請求書あるいは要求書」であった。
さてここで,最初の話題に戻り,若干重複気味に記述しておく。
「衛藤補佐官に米批判の動画取り消し指示 官房長官」との見出しの記事が,日米関係の政治的な現実において有する意味は,いったいなにか? これが本日の結論的な問いであった。
菅 義偉官房長官は〔2014年1月〕19日午後の記者会見で,首相の靖国神社参拝をめぐる米国側の対応を動画で批判した衛藤晟一首相補佐官について「首相補佐官は内閣の一員で,個人的見解はとり消すように指示した」と明らかにした。官房長官はとり消しの理由について「首相の見解と違う」と説明した。安倍晋三首相も同意したという。
補註)ちまたの率直な評価では,安倍晋三の見解に衛藤晟一首相補佐官の見解は一致している。だから,衛藤は補佐官をやっていられる,ということであった。
衛藤補佐官は安倍首相の靖国参拝で米国が「失望した」との声明を出したことについて「むしろわれわれが『失望』だ」などと動画サイト上で批判していた。
菅官房長官は19日午前の記者会見で「個人的な見解で,政府の見解ではない」と述べたうえで,「首相がいままでいってきたことの整合性とも含めてしっかり対応していきたい」と強調していた。
註記)「衛藤補佐官に米批判の動画取り消し指示 官房長官」『日本経済新聞』2014年2月19日 16:52,http://www.nikkei.com/article/DGXNASFL190T6_Z10C14A2000000/ 参照。
補註)しょせん,実際には「この程度」の「米日間の力関係」なのであった。あとは贅言の余地なし。首相の補佐官が,この発言ではまったく補佐の役目をはたせず,むしろ逆機能を発揮。
もっとも,安倍晋三がいえないことを,この補佐官が「補佐して発言した」という側面もありえたから,それなりに指摘し評価する者もいた。そうだとしたら,なんともいじましく存在するのが,日本国の首相。
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