2024年2月23日(金)どうしてもだめになるわけにはいかなかった
金曜日だ。昨日もはっきりとしない天気だった。雨を窓の外に感じながら、確定申告を片付けた。
ふと振り向くと、文鳥の点ちゃんが籠の中で片方の脚を気にしている。爪をどこかに引っ掛けたのだろうか。心配だ。あんなに細い脚で生きているのだから、ちょっとしたことで大変なことになる。
ちょっとしたことで大変なことになるのは、ぼくだって同じなのだろう。
ところで、森田童子さんの「蒼き夜は」の歌詞には、「いっそこのまま、だめになってしまおうか」という言葉が出てくる。
自分がだめになる、というのはいったいどのようなことだろう。どれほどひどい自分になることなのだろう。
この歌詞を聴くたびにひどく恐くなるのは、自分の中に、だめになった自分に惹かれるものがあることを、知っているからだ。
だから詩なんか書いてきたのだろう。
だからだめになることを、両手で遠ざけるようにして、びくびくと生きてきた。きちんと学校で学び、きちんと会社で仕事をしてきた。
それでも、いったんだめになり始めたら、とめどもなくなりそうで、そのような性格であることを知っているから、どうしてもだめになるわけにはいかなかった。
会社を終えた後も、次から次へ詩の仕事を自分で作ってきたのも、ひとつは、詩に悩む人とともにありたい、という気持ちからではあるけれども、もうひとつは、自分がどこまでもだめになるのが、恐くてしかたがなかったからでもある。