140字小説続けてみる(2024.06.01〜06.30)
『レターセット』
文具店パートの私は苛ついていた。視線の先の高校生カップルが原因。彼女がレターセットを一生懸命選ぶのに彼は返事すらしない。
二人が店の外に出る。
彼女は彼にレターセットの袋を渡し、歩道脇の車に乗り込む。車はあっという間に見えなくなる。引っ越し会社のトラックだった。
彼はまだそこにいる。
『うちの夫』
職場に、飼い猫飼い犬を連れての出勤がオッケイになった。そのことを告げてから夫の様子が変だ。
仕事から帰宅すると、夫がリビングのソファの上で膝を抱えていた。
「あんまり放置してると、俺泣いちゃうかも」
次の日から社則を変更した。パートナーの獣人も連れてこれることに。うちの夫は兎の獣人だ。
『傘』
亡き妻の実家で片付けを手伝った。
「父さん達が付き合ったきっかけって何?」と娘が聞いてきた。
「高校の頃よく傘をなくして、その度に母さんに貸してもらったことかな」
押し入れから出てきた娘が
「これ、見つけたんだけど」
と腕一杯に抱えた何かを俺に差し出す。
それは俺が昔、失くした傘たちだった。
『癖』
唇を触るのが癖になった。
朝、彼が私をベッドから引き上げてくれてキス。シャワーを出てキス。朝食の前にキス。玄関でキス。
遅刻ギリギリでオフィスに飛び込むと人にぶつかった。「気をつけて」
同僚が「社長素敵よね」と囁く。私はリップがついた指を拭き頷く。
私と彼が夫婦ということは会社では秘密。
『罪』
人の気配に目を開けるとリビングの入り口に夫が立っていた。
肩からずれ落ちるカーディガンを引っ張り笑顔を作る。
「遅かったね」
「ごめん、急な残業で」
夫が近寄り私の額に手を伸ばす。彼の指が私の鼻先をかすめた。
「乱れてた?」
「突っ伏してたんだろ」
私の前髪を整える彼の指からは罪の匂いがした。
『願いの結果』
貧しい男はある夜、流れ星に祈った。お金に困らない生活ができますように。願いは叶う。大会社の娘婿になったのだ。
もっと幸せになりたい。次はいつ流れ星を見られるのか。
見上げた空は車の排気ガスや工場の煙で曇っていた。昔はこうじゃなかった。
怒りに駆られ、社長は誰だ! と調べる。
男自身だった。
『そんな君に恋してる』
「恋人がいるって大切だよ」
私が言うと君は「そうかな」と首を傾げた。
「誰かに選ばれるってすごく特別。きっと毎日楽しくなる。なんなら私があんたと」
せりあがる感情を持て余していると君は頬張っていたパンから口を離して言う。
「じゃ、昼飯にこのパンを選んだ俺はパンが恋人ってことか」「違う!」
『日記』
部屋を片付けていると「コレお姉のじゃない?」と妹が言った。中学時代の日記だった。
覗いてきた妹が言う。
「わ、愚痴と悪口ばっか」
「そんなもんよ」とページを捲る私の手が止まる。
「どうしたの」
「別に」
どうしよう。来月の結婚式、彼も招待していた。
閉じたページの初恋が今の私を追い抜いてゆく。
『気がはやい』
病院に行くと、妹は産んだばかりの我が子を抱いていた。
「赤ちゃん可愛いわね。特にこのムチッとした手足」私が言うと妹はため息をついた。
「どうしたの」「だって男の子よ」
「女の子が良かったの?」「そうじゃなくて」
「可愛いのに……」
「だからよ。いずれおっかないお姑さんになるのが憂鬱なの」
『知りたい?』
告白してきた相手をフった。結果、君になじられた。
その子と君は親友だから私を許せないのかな。
「うーん。付き合うのは違うっていうか」
「仲良かったじゃん」
それは君とあの子でしょ。
あぁ、むくれないでよ。
「私が誰を好きか知りたい?」
君が怯む。目が泳ぐ。
仕方ないな。今はまだ勘弁してあげる。
『大事な同居人』
一人暮らしが寂しくてぬいぐるみを買った。犬なのか熊なのか、面白い顔した動物の抱き枕だ。
仕事で失敗をしボロボロ泣いて帰宅した時、テーブルの脚に小指をぶつけ一人うずくまった時、この子が慰めてくれた。
ぬいぐるみは付喪神化し本当に私の同居人になる。困るのはUMAに間違われがちなことだ。
『たいせつなもの』
大切なものは容れ物にきちんとしまう。大好きなものは見せびらかさない。
例えばボトルシップ、例えば砂時計。万華鏡、氷柱花、スノードーム。
「服買いに行かない?」「ネットで買お」
「映画行こっか」「ビデオ借りよ」
「仕事すっかな」「いいよ、私稼いでるし」
ね、
全部お部屋に飾っておくの。
『願い』
結婚も出産も人より遅れた。産めるのはこの子が最初で最後。私たち夫婦は授かった子に精一杯の願いをこめる。
外遊びし始めた我が子は何故か足を引きずっていた。体が重くて仕方ない様子だ。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない。僕のお腹はお父さんとお母さんの願いで一杯だ。僕のはどこへ入れたらいいの?」
『流れ星になる』
午前0時。車のエンジンを切る。
震える余裕もなく薄っぺらいブランケットを体に巻きつけた。フロントガラスに鼻先をくっつける。真っ暗な空が近い。
星が流れ、ジュッと弾けて消える。
あれはきっと宙に印をつけている。ここまで来たよと。
あたしも跡を残したい。エンジンをかける。海に向かって。
『幸せ』
引っ越し当日。ダンボールに入った荷物をなんとか収まるところに納めたところで体力が尽きた。その時、床に一枚の便箋を見つける。
『私の世界には私しかいない。他の人の世界にはその人以外の沢山の人がいるのに』
中学時代のあたしの書き付けだった。
うん、今もわたしは一人だ。
でもまだ生きてるよ。
『求婚』
夜、海に漕ぎ出た船の上で王子がパーティを始めると、見知らぬ女達が加わった。彼女らは皆美しく酒が強く歌が上手だった。
女達の一人に王子は心を奪われる。結婚の約束を交わすも朝になると女達は姿を消していた。
一ヶ月後、海から人魚の群勢が王子を迎えに来る。王子が求婚したのは人魚の女王だった。
『苺ジャム』
海に来た。明け方だからか独特の潮の香りが薄い。バッグからラップに包んだ食パンを出す。半分に畳んだその間にはたっぷりの苺ジャム。海を睨んだまま一口食べ耳を澄ます。
もう私がいないことに気づいた? 追いかけてきてよ。愛されてるって実感させて。
耳を澄ます。
砂を踏む足音が、近づいてくる。
『見上げてくる目』
感情のまま叱ってしまった。火が付いたら止められなかった。
夫とこどもの目が私を責める。責めてなくても辛くてひとり実家に逃げた。
ここだけが私を歓迎してくれる。お茶を淹れるため食器棚を探ると、こども時代の弁当箱が出てきた。
蓋を開ける。慎重に開ける。幼い頃の私が中から私を見上げてくる。
『舟にのる』
どぎついピンク色のスワンボートを選んで乗り込んだ。立ち漕ぎでペダルを思い切り踏むと白鳥は岸から離れ出す。
身体を捩り漕いでいると不意にペダルが軽くなった。隣を見ると君が。視界が反転する。
違う、そっちじゃない。
去年の夏、君と来たこの湖でイヤリングを落とした。取りに潜った君はそれきり。
『恋愛結婚』
政略結婚だった王と王妃には憧れがあった。
「私達たち、お互いの顔も知らぬまま政略結婚したでしょう?」「王女には是非、恋愛結婚して欲しい」
両親に請われた王女は困惑した。
「あの、そもそも恋愛とはなんなのですか」
「それは知らぬ」「学者を呼べ!」
やって来た学者と王女は結婚することになる。
『欲しいのは』
「何か欲しいのある? 買ったげる」
そう言う彼の背中につい女の影を疑う。これまで私にそんなこと言う男はいなかった。
「この前ピアス貰ったし、その前だって」
「好きな子には沢山あげたくなるモンでしょ」
猫撫で声で手をさすられる。
欲しいのは、私だけ好きになってくれる貴方。
言ってしまっていいの?
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