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「不登校の始まりは本当に辛かった。当初は無理やり連れて行こうとしたことも」〜保護者インタビュー〜

自由登校を見守る会「カスミソウ」の会員である保護者へのインタビュー企画です。今回協力していただいたのは、高1次女と中1長男の二人が不登校を経験したNさん。現在は次女は通信制の高校に進学し、長男は中学入学以降、五月雨登校をするようになりました。不登校が始まった当初の状況や現在についてお話を伺いました。

不登校のきっかけは先生と他のお友達との板挟みになったこと

Nさん「次女は保育園の頃から行き渋りがありました。疲れやすいところがあったのだと思います。でも、小学校に入学した当初は上の姉と一緒に登校できていました。姉が小学校を卒業した翌年から徐々に休むことが増えてきました」

姉の卒業後から、登校渋りや休みが増えてきた娘さん。それでも、たまに休んだ後は登校できていました。不登校のきっかけになったのは、先生と他の子との板挟みになった経験だったそう。

Nさん「担任の先生から他の子が忘れ物をしないよう注意するように頼まれて、娘がその子に声をかけたら、その子から嫌なことを言われたんです」

担任の先生から頼まれてやった結果、自分が嫌な思いをするのは辛かったようです。親から担任の先生に相談し、その子から直接謝罪してもらったものの、娘さんの中にモヤモヤが残ったのかもしれません。

運動会明けからは、毎朝のように「学校に行く・行かない」でかんしゃくを起こすようになり、そのまま学校に行けなくなりました。親が学校に無理やり連れて行こうとしたことも何度かあったものの、すぐに無理だと思い、諦めたのだそう。

不登校生活になってからも、夜、学校での辛かった場面を思い出しては泣くことが何年も続き、爪を噛んだり、髪を抜いたりの自傷行動も見られたと言います。

Nさん「娘の傷ついた様子を見るのが、ただ辛かったです。そのうち、娘は人目を気にするようになり、通行中の人が私を見て笑ったなどと言うようになりました」

働き方を変え、娘に寄り添うことを最優先に

学校に行かないと決めてからも、しばらくは職員室登校を続けていましたが、途中でそれもやめて家で過ごすことにしました。

フリースクールの親の会で、『それ(職員室登校)では、休まらないね』と言われたことがきっかけだそう。Nさんはフルタイムで契約していた会社との取引をやめて、娘との時間を優先することにしました。

それまでは夫との協力体制で出張も入れ、残業もして・・・と、かなり仕事にコミットしていたNさん。働き方を変えることに抵抗はなかったのでしょうか。

Nさん「娘の病的な自傷行為もありましたし、とにかく娘と向き合うことが最優先だと感じました。仕事を減らしてから娘と二人で話す時間をたくさん取るようになりました。今でも娘が散歩に誘ってくる時は話したいことがある合図です」

二人で話す時間が増えてからは、娘さんから「あれも嫌だった」と過去の話が出てくるようになりました。感受性の強い娘さんは、親や先生を含め、他の人のちょっとした行動でも深く傷ついてしまったことがあったのだと気付くようになったと言います。

長男も入学してすぐに不登校に。不登校児二人との生活が始まった

長男は保育園時代は登園渋りもなく、楽しそうに過ごし、小学校も元気に登校していましたが、小1の夏休み明け、突然、学校に行けなくなりました。その日は夫婦とも朝から仕事で不在にしており、長男の伯母にサポートを頼んでいたのですが、「学校に行きたくないと言っている」と伯母から電話がかかってきて驚いたと言います。その日から不登校生活が始まりました。

驚いて理由を聞くと「担任の先生が怖い」と言ったそう。本人は大人しい方で叱られることはなかったのですが、他の子を怒鳴りながら叱る様子を見て怖かったのかもしれません。
長男は元気な様子だったものの、昼間は人目を気にして外に出たがらなくなりました。夜になると、公園で遊びたいと言い、それから数ヶ月、夜に公園に付き添って親子で遊ぶ日々が続きます。

Nさん「子ども二人が家にいるようになり、家で楽しく過ごせればいいと思うようになりました。ただ困ったのが次女が長男に対し怒りを爆発させることが増えたことです」

長男の遊ぶ時の声など些細な言動を次女が許せないことが増えたのだと言います。Nさんは定期的に大学のカウンセリングサービスを受け始めました。

次女も連れて行こうとしたものの、嫌がって通わなかったそう。代わりに大学が家庭教師として心理を学ぶ学生を派遣してくれることになりました。

Nさん「娘の気持ちに寄り添って勉強を教えてくれ、娘としても先生と一緒に勉強をがんばったことで自信が付いたようです。結果的に希望していた私立中学にも合格することができました」

一方、長男の小学校のスクールカウンセラーは定期的に家に来てくれました。長男と遊んだり話しながら信頼関係を築き、長男にとっては家族以外の人に慣れる良い機会になったと思います。


なお、次女は私立中学に入学してからはしばらく通えたものの、1年生の夏休み前に「私は学校は合わない」とやめることになりました。その後、公立中に在籍し通信制高校で学んでいます。高校生になってからはドラッグストアでのバイトも始めました。

Nさん「話を聞いていると、お客さんの対応が理不尽なことも多く、親としては大丈夫かな・・・と心配もありました。でも、時々文句を言いながら、何とかしのいでいるようです。これまで心配していた『かっちりしすぎ』という娘の性格を、娘自身がうまく扱えるようになってきたんだなーと思います。子どもは成長するんだな・・・としみじみ感じます」

母親自身のリフレッシュも大切。ヨガや映画、資格の勉強も

子どもとの時間を最優先に仕事のやり方を見直したNさんですが、意識的にリフレッシュや自分のための時間も取るようにしてきたそう。

Nさん「娘が不登校になって翌年に、ヨガのクラブに会員登録しました。続けるうちに難しいポーズができるようになって嬉しかったです。先生にほめられると嬉しくて」

以前から気になっていた資格の勉強も開始し、今ではその資格でのお仕事も副業としてやっていると言います。

「仕事でもヨガでも、自分のために外に出かけるのがリフレッシュになりました」とNさん。ここ数年はヨガに通う頻度が増え、憧れていた開脚ポーズもできるようになったそう。仕事の量も徐々に増やし、子どもたちで食事の支度をしてくれることも増えました。子どもたちも随分、成長し落ち着いたと感じるそうです。

文:hiromin(北区会員)
取材:hiromin
イラスト:ミナコーラ



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