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創作大賞に応募したいんですが 8

なんのために書いているんだろう。
なんのために、睡眠や娯楽の時間を削って、文章を書くんだろう。

そう疑問に思うことはありませんか? 僕はあります。

渾身の作品がたいして波紋を広げるでもなく沈んでいくとき。面白いと思った設定が陳腐に思えたとき。
襲ってくるのです。

「なんで書くんだろう。読まれもしないのに」

という虚無が。

noteでも「書くこと」そのものについて考える人や記事が散見されます。その気持ちがなんとなくわかります。プロでもなければ需要もない。なんにもならないのにどうして書くのか、という問いは、日陰の物書きたちの心にたびたびやってくるのです。

不思議なことですよね。
たとえば「書くこと」「物語を紡ぐこと」が生きがいならば、大学ノートにでもWordにでも書いておけばいいのです。わざわざSNSの場にあげなくてもいいんですよ。
でもどうしてか人目に触れるところで反応を見てみることに抗えません。

こう思ったりはしませんか?

この世界には「書かれるべき物語」「紡がれるべき言葉」があって、それを掬いあげれるのは僕しかいない。僕が書かなければいけない。そしてその物語や言葉はきっとみんなが求めているものだ。

いえ、もっと素直な言葉にしましょう。

いつか僕の書いた物語がバスったり、賞を獲ったり、本になったり、メディアミックスされたり、作家としてインタビューを受けたり、そんな未来が次にあげる小説で叶うかもしれない。誰かの心を強く揺さぶることができるかもしれない。

そんな野心があなたにもあるのではないですか。僕にはありますよ、もちろんです。成功を収めた自分を見て周りがあっと驚くさまを想像することだってあります。

そんなときいつも僕の頭に一番に浮かぶ人物がいます。
父です。

僕は父に認められたいのです。きっと。

父はいわゆる仕事人間で、あまり家にいない人でした。
母がいつもいてくれたので寂しいという気はしなかったのですが、いま思えば父からの愛情に飢えていたのかもしれません。

学校で友だちと喧嘩をしたとき。
面白い漫画を見つけたとき。
漢字のテストで満点を取れたとき。

報告する僕への父の返答はきまって同じでした。

「おーそうなのか」

新聞から目を離すこともなくたった一言。僕の言葉が、父の広げた新聞紙の壁にあたって砕けていくようでした。
やがて父とは会話しなくなりました。

でも僕は心のどこかで期待していた気がします。いつか父が僕の目を真っすぐに見て「凄いな!」という日が来るのを。

数年前、父は定年退職しました。

おそらくは母に聞いたのでしょう、そのころ僕に「小説書いているんだって?」と聞いてきたことがあります。僕は内心驚きました。僕のやることに興味を持つなんてこと、記憶になかったからです。

「読んでみたいな」と言われるのに「別に読むほどのものじゃないから」と答えました。あらためて考えると不思議なものですが、他人に読まれるのは平気でも身内に読まれるのは気恥ずかしいのです。父はハハハと笑って「まぁいつかな」と言いました。

でも父は、僕の小説を読む前に亡くなりました。

昨年のことでした。

僕が一番認められたかった人はもうこの世にはいません。
きっといつかは僕の書いた小説を読んでもらおうと思っていました。でもそれは誰もが認める素晴らしい小説でありたかった。賞を獲ったり、本になったり、そんなたしかな実績とともに差し出したかったのです。

手遅れになってから気づくなんて滑稽なことです。大切な人の死に背中を押されるなんてそれこそ陳腐なおはなしです。

でも僕はやっぱり父に自慢できるものを書きたい。たくさんの「凄いな!」を集められる息子でありたい。

だから今年、応募しようと思いました。




あれ?


そう、父が亡くなったのは昨年のことです。

姉が消えた十二年のうちの最も大きな出来事であり、僕のなかのなにかを変えるような衝撃でした。

でもそれは僕にとってだけの衝撃だったんでしょうか?

もし、姉が、なにかで父の死を知ったとしたら。

いや、一体どうやって知る? 父のSNS? 父はSNSをやっていただろうか。SNSがあったとして当人が亡くなったことに気づくか? 新聞? 広報? そういうのにあげたか? でも六十そこそこで亡くなるなんて予期しないはずだ。そんなものを逐一チェックするのか。

もしかして。

姉が消えたとき、一番に気づいたのは母だった。次に僕が確認した。
そのとき、父はどうだったか?

記憶を辿っても後日姉から届いた手紙を見る父の姿しか思い出せない。父の反応だけが記憶から妙に抜けている。

それはそうだ、あのころの父は仕事ばかりしていてそもそも家にいなかった。家のなかで起きるアレコレはすべて母と姉と僕のみで完結する日々だった。だから父の影が薄いことに疑問なんてもたなかった。

でも、もしかして。

父は姉の行く先を知っていたのではないか。いやそれだけじゃない。父だけは、姉と連絡を取り合っていた。

そういう可能性は、ないだろうか?



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