管理不全土地とのたたかい〜Vol.1 実質的所有者の特定と交渉
寺院、墓地、私道…宗教活動にも、他のすべての人間の活動と同じように、その活動のための「場所」を必要とする。
そして、例えば墓地であれば、その設営自体が宗教活動である一方で、宅地の分譲とよく似た不動産業・商業としての側面も有している。読者の皆さまの中にも、墓地を購入したものの、「工事については管理会社の許可がいる」とか、「指摘の業者を使わないと工事はできない」とか言われた経験がある方も多いのではないだろうか。
しかし、「言われるうちが花」ではないが、許可を取れ、指定業者を使えと商魂たくましいほうが、そうでないよりも「マシ」なのかもしれない。
今回ご紹介したいのは、かつては宅地建物取引業の免許すら有していたはずの所有者が完全に姿をくらまし、土地の管理はおろか、連絡すらつかなくなってしまった「管理不全土地」とのたたかいの物語である。
管理放棄された隣地
Xさんは、中部地方の某市の中心部から車で20分ほど離れた分譲別荘地に、自宅とその底地Aを所有していた。
物件Aは、「お隣さん」である家屋とその底地B、そして私道Cと隣接していた。
Xさんが土地Aを購入したのは、平成27年頃だ。ほぼ「廃墟」ともいえる状態だったが、DIYが趣味でもあったXさんは、リフォームを行うことを念頭に不動産業者の紹介で物件Aを購入した。
その頃から、隣地Bのことは気になってもいた。物件Aを上回る「廃墟」状態だったからである。しかし、そのときは深く考えなかった。
しかし、令和4年頃までには、いつの間にか、隣地Bから生えてくる樹木がXさんの物件Aにも伸びてくるようになり、B建物の屋根が剥がれかけていることに気付いた。伸びてくる枝も物件Aに当たるようになり、また、強風のたびに、物件AにB建物の破片が飛んでくるのではないかと心配するようになった。
法務局での調査と実地訪問
そこで、Xさんは、法務局に赴き、隣地Bの所有者情報を確認した。
すると、物件A、Bを含む一体を分譲した宅地建物取引業者の代表取締役の男・Yが、個人名義で所有していることが分かった。
しかし、「別荘地」であったはずの一帯の「管理事務所」が大昔に放棄され、それ以降、この業者が管理会社として機能していないことは地域では有名だった。なんでも、管理人がぼや騒ぎを起こしたり、お金を取られたと苦情を言う古参住民がいたり。結局、「管理事務所」がつぶれる事態に発展したらしい。
Xさんは、念のため、Yの住所として登記されている東京都中央区のビルを訪問したが、有名な建築家の作品としても知られていたビルは、ちょうど令和元年頃に解体されたらしく、更地になっていた。
その足で、宅地建物取引業者の事務所も訪ねたが、こちらはビルこそ今も残っていたものの、業者はとうの昔に退去したらしかった。
これでは、所有者Yと連絡がつかない——Xさんが焦り始めた頃、突如、事態が動いたのだった。
突然の所有権移転登記
令和5年12月、市役所への空き家相談や今後の議会陳情のために使おうと、念のため隣地Bの登記簿を再度取得したところ、なんと、所有者が変わっていたのである。
原因は売買。しかし、そこに至るまでの経緯は意外なものだった。まず、市が税金の滞納を理由に隣地Bを差し押さえ、「代位者」として所有者の男の住所変更を強制的に登記。
そして、所有者の男が平成28年に死亡していたとして、令和2年に就任したという相続財産清算人の女性弁護士が、相続人不存在を原因として男Yの「相続財産」という法人に所有権を移転。そして、令和5年10月に、渋谷区内の会社に隣地Bを譲渡したというのだ。
そんな中、隣地Bには立入禁止のテープが巻かれ、実際に管理者が変わったことを窺わせる動きもみられた。
Xさんは、早速、渋谷区内の会社を訪ねてみることにした。
「実質的所有者」との交渉
渋谷区内の会社は、インターネットで検索してもホームページは存在しなかった。しかし、代表取締役Yの名前で検索すると、全く同じ場所で、従業員20名ほどの宅地建物取引業者を経営していることが分かった。
所在地も代表者も同一となれば、実質的には同じ会社なのではないか——会社を訪れたXさんに対して、業者の責任者Zは、あっさりと隣地Bを所有している会社が自社のグループ会社であることを認め、「今日は担当者が不在だが、必ず対応する」と名刺を差し出した。
Xさんは、土地Aにはみ出している枝を切除してほしいことを伝え、礼を言って会社を後にした。
そして、その翌週、Zからメールが届き、11月中旬に工事をするべく業者の手配を終えた旨の連絡を受けたのである。
Xさんが、胸をなで下ろした瞬間であった。
「便りのないのは良い便り」というが
人の世界では、「便りのないのは良い便り」という。しかし、不動産の世界では、便りがないのは大迷惑だ。
最近、ようやく、不動産の相続登記が義務化されたとして話題を呼んだが、逆にいえば、相続以外の名義変更では登記義務はない。
土地Bは、亡くなった男性Y個人の名義だったから、相続人はいなかったものの相続財産管理人選任申し立ての対象となり、財産管理人の女性弁護士が渋谷区内の会社という引き取り手を見つけたが、このような制度がない法人名義の物件であれば、今回の法改正や相続財産管理人制度での救済からこぼれ落ちる。
登記を促す力は、登記をしなければ、前所有者が悪意をもって二重売買などの行為をすれば、土地の代金を払っていても所有権を失うなどの危険があるため、これを恐れた新所有者が即座に登記をする場合が多いという事実上の強制力に留まるのだ。
つまり、財産的価値に乏しい不動産については、所有者としても、費用がかかる登記を急いで行う必要性は低いということでもある。
今回は、偶然、相続財産清算人が就任し、隣地Bを購入したのも現役の宅地建物取引業者であったという偶然に救われた面がある。
土地自体の財産的価値が低く、登記がされないまま荒廃し、放置されるというリスクは、必ずしも隣地Bだけではなく、近年、後継者不在の事例も多いと聞く寺院や墓地にも共通するリスクなのではないだろうか。
登記簿などの情報は、誰でも閲覧できる半面、誰でも閲覧できる情報である以上、後から、その内容を知らなかったとして、購入後に起こった問題について、売主や不動産業者のせいだったと主張するのが難しい側面がある。
私たちとしても、Xさんの事例に学び、墓地等を購入する際には、くれぐれも事前に、墓地の管理会社や寺院の情報は当然、墓地に通じる私道や共有施設など、関係する権利関係の調査を尽くしたいものである。公のものであろうと私のものであろうと、放置するのは自由だが、自然環境の変化は待った無しなのだ。