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18番(今橋版) 住の江の岸による波 藤原敏行朝臣
『トリビュート百人一首』(幻戯書房:2015年発行)/今橋愛記
住の江の岸による波よるさへや夢の通ひ路人めよくらむ 藤原敏行朝臣 〔所載歌集『古今集』恋二(559)〕
歌意
住の江の岸に寄る波のよるではないが、夜でも夢の通い路を通って逢えないのは、あの人が夢の中でも人目を避けているからであろうか。
夢をうたった歌では小野小町の足もとにも及ばない。と何だか厳しい意見もあるようだけど、わたしはこのうたがすき。それは、岸に寄る波 よるさへや。くりかえすと音がすごく心地いいから。岸に寄る波 よるさへや。ざざあ ざざあと波の音が聞こえてくる。波の音は千年前とかわっていない
のだと思うと、うれしい。
片思いは、自分のきもちしか確かなものがない。何の約束もない。次にいつ会えるのかもわからない。わからないと、もっと不安になる。
あの人は普段、人目を気にする。それを慎重と言えば聞こえはいいけれど、大切にしているもの。そんなん全部なくしてほしい。それやのに。会いにきてくれない。だから、せめて。夢で会えますように。と願うのに。夢にも来てくれへんの。岸に寄る波 よるさへや。夢うつつでまどろんでいるわたしの前にも。岸に寄る波 よるさへや。ひたひたと波がうち寄せるのです。墨の絵(水墨画のこと)の色の。しずかな夜です。目をつむったまま。岸に寄る波 よるさへや。波の音しかしない。やっぱり一人はさみしいよ。岸に寄る波 よるさへや。たゆたう波は。岸に寄る波 よるさへや。あの人みたい。ただ、たゆたっている、だけ。
『万葉集』では、住ノ江に墨江・墨吉など墨の字をあてている例があるというところから、イメージを広げた。夢でさへも会えない人を心に思い浮かべるとき。墨の絵の中にその人はいて、色付きで浮かばないくらいにいつも遠いのだった。
墨の絵のなかにいるひと
たゆたっている
なみですね
まるであなたは。 今橋 愛