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3びきのおっさん旅 「城の崎にて」 その2
男3人の城崎温泉旅行2日目である。
朝からゆっくり温泉につかった。
元々は「カラスの行水」派だった私だが、歳を重ねるごとに入浴時間が長くなってきている。気がつけば、「えっ、もうこんな時間」となっていることもしばしばだ。大きな湯船に体を腰までつけてぼーっとあれこれ考えを巡らせる時間がとても心地よい時間になった。
昨夜、「もう何も入らん。お腹いっぱいや」と言っていたのに、人間の体とは不思議なものだ。一晩寝たらもうそれなりにお腹が減っているのである。
朝食も豪華なバイキングで思いっきり食べてしまった。
とりわけ、「のっけ丼」というご当地メニューが嬉しかった。マグロにホタテ、本物と間違えそうなカニカマを贅沢にかけて2杯食べた。そうそう、オープンキッチンで秋刀魚を焼いてくれていた。迷ったが丸々1匹平げた。もう、朝から幸せすぎる。
11時のチェックアウトギリギリまでのんびりして、バスに乗って城崎の中心街へ出た。
この旅行のプランニングをしてくれたN太郎は、2日目も城崎でゆったりできるように帰りの電車は16時発を予約してくれていた。5時間どう過ごすか。
「何しよ。時間はたっぷりあるなあ」
実は3人とも、ノープランであった。
まずは、駅前通りの海産物店をぶらぶらしていた。
生きのいい松葉ガニが泡を吹いて並んでいる。しかし、お値段は、こちらが息を呑むほど高い。とてもじゃないが手が出ない。
我が家は、オスのカニよりメスのセイコカニが大好きなのである。痩せ我慢ではなく、セイコガニの内子と外子と味噌に魅せられた一族なのである。
いいのがあった。
奈良でも、海産物屋はあるが、そこにはきっと並ばないであろう大きめのセイコガニが手の出る値段で売っていた。しかも、足が落ちているだけの大特価の掘り出し物も見つけた。8匹を買って店にとっておいてもらった。祖父母の喜ぶ顔が浮かぶ。
ここからは、別行動とした。
私は、奈良を出るときに不機嫌だった妻へのお土産に「豊岡かばん」を見たかったのだ。そんな買い物にあとの二人を巻き添えにするのは心許ない。
一人で昨夜からネットで目をつけていた店に向かった。
店はすぐに見つかった。城崎の隣町の豊岡は革製品で有名なところである。「豊岡カバン」はブランドにもなっているくらいだ。
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私は、決してファッションセンスが高い方ではないが、妻が喜びそうなというか、妻に似合いそうなものを選ぶことはできる。早い話が、私が妻に身につけて欲しいものを見つければいいのだ。
店を物色しているうちに、向こうから「これいいでしょう〜! 買ってええ!」とアピールしている鞄が2点目に入った。どちらにしようか。
店の方に相談してみた。
「サプライズのプレゼントですか?」
「いえ、妻のご機嫌取りのプレゼントです」
「じゃあ、写メで送って相談されてはどうですか?」
ということで二つ並べて妻にラインで送った。
妻は、孫と奮闘中である。
「もう、そんなん買わんでええで。高いやろ」
「いや、それほどでもないよ」
「うーん。前からこの色のかばんひとつ欲しかったから、嬉しいねんけど…。右の方がいいかな」
「そうか、やっぱり、俺もそれがいいと思ってた」
即決だった。
娘と息子の嫁さんの可愛いかばんもあったので、計3点を購入し、例によって渋沢さん数人とお別れした。まあ、こういうこともあっていいだろう。店の奥さんと楽しくお話しできたのもいい買い物だった。
買い物が終わったので、あとの2人と合流しようと歩き始めて何気に一本奥の路地に入った。すると、偶然出会ってしまったのだ。
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そうだ。ここに行きたかったんだあ。
偶然にも向こうからやってきてくれるとは……。
「今から、文芸館に行ってもいいかな」
あとの二人はなんとロープウェイまで歩いて行っていたらしい。
「ぜんぜん、OKやで。時間はたっぷりあるし。ゆっくり見てきて」
入館料500円を払うと、なぜか「うまか棒」3本を渡された。ちょうど、一人一本ずつあるやん。
いいところだった。志賀直哉だけではなく、この温泉を訪れた数々の文人の足跡を辿ることができた。志賀直哉が、電車に跳ねられて大怪我をして、その養生のために城崎を訪れたのが始まりらしい。その頃から湯治場所として有名だったのだ。志賀直哉はたいそうここの湯を気にって、生涯何度も訪れたらしい。
家に帰ったら「城の崎にて」を読み直してみよう。
そう思って文芸館を後にした。
16時までたっぷり時間があると思っていたが、食事をしたらちょうどいいくらいの時間になっていた。
2人と合流し、駅前の海鮮丼の店に入り、私は、「セイコカニ丼」を食べた。確かに美味かったが、外子も内子も量が少なく評価は微妙だった。
特急きのさきに乗って、京都まで向かう。電車は少し揺れて久々に乗り物酔いを味わうことになったが、これも旅の思い出だ。
3びきのおっさんの旅は、こうして幕を閉じた。
よく喋り、よく飲み、食べた2日間だった。
あと、何度こんな旅ができるだろう。いつものように竹内まりやの「人生のとびら」のフレーズが頭に浮かぶ。
次の旅の計画を立てながらそれぞれの家路についた。
P.S
翌日、恐ろしいラインが届く。
旅の同行人、N太郎から
「インフルエンザ発症してしもた。みんなは大丈夫?」
えらいこっちゃ、我が家には長男、長女家族が帰ってきている。とりわけ4歳、3歳、1歳の孫がいるのだ。
3日間、戦々恐々としていたが、幸い何も起こらなかった。
よかった。
後から、知人たちが大勢インフルエンザの手にかかったことをラインにて知ることになる。
よく、かからずに済んだものだ。