国連女性機関が「アンステレオタイプアライアンス」に加盟した企業の、広告掲載の意思決定機関となる場合の事前抑制としての問題点

「月曜日のたわわ」の件、続けます

 ツイッターのタイムラインで、「月曜日のたわわ」の件についても、「人を傷つける表現」に配慮を求める投稿者が、自主規制機関についての公平性・中立性について言及してる例は全然見かけません。私も逐一観察してるわけではないのですが。いずれにせよ、そう言い出すのであれば、自主規制が事前抑制を発生させる場合があるということについては深く考えた方が良いのでは? というふうには疑問を持ちます。
 事前抑制になると20世紀のファシズムの頃に逆戻り、そんな危惧がありますよという話で、そうならないように色々対策を講じなければならないということです。自主規制機関については、公平性・中立性が担保されているのか、その業界の人々の意見が反映されているのかということが問われます。

事前抑制、自主規制機関、公平性・中立性

 この辺りについて、「非実在青少年」で話題になった2010年の「東京都健全育成条例改正案」の件でも、自主規制のあり方をめぐっては議論になったと記憶しております。それから、2010年代の初頭といえば、インターネットに流通する「児童ポルノ法」における性虐待記録物(あえて「性虐待記録物」と言います)であるかどうかの妥当性判断主体となる機関についての、公権力からの中立性は(ブロッキングの是非そのものについても)問われることになりました。その他、その判断についての異議申し立てができないと一方的になってバランスが悪いということも問われ、現在は当該機関のWebサイトから申請が行えるようになっています。当時のことをご存知の方には、その機関がどこか言うまでもないかと思いますが、念のため言うと、それはICSAです。ICSAは組織としては警察庁とは別組織となっています。とはいえ、中立性の有無の是非については議論がなくはないことは、補足しておきます。
 このように、表現と公権力の関係は、とてもセンシティブなものです。特に、事前抑制となると表現の自由への強度の規制になるので、その侵害となっていないかについては審査が必要になります。公権力からの中立という意味では、何かの表現物を公権力の行使主体が直接表現を審査して規制することにならないようにしたり、公権力の行使主体の外郭団体が直接審査するのを避けるようにしたり、工夫したシステム形成がされなければなりません。
 ですが現在、こういった「表現と公権力の関係」という部分について、「人を傷つける表現」に配慮を求める人々からその種の話が出てこないというのは、なんとも心配な部分です。「戦時中のファシズムへの反省」は、そういう部分だと私は考えています。
 日本の戦時中のファシズムは「下から」とも言われています。エロスや暴力表現、落語における毒婦や博徒のコンテンツが規制の入り口で小林多喜二の殺害までたどり着きます。今のような感じで、感情を煽られて「下から」乗っかっていったのかなあという感想もあります。ファシズムは自分達のせいでそうなるということは、自覚しておきたいです。これは、広告やパブリシティに関わる仕事を生業とする、デザイナー・アートディレクターとしての倫理観でもありますが。

国連女性機関日本事務所は公権力か?

 私個人の倫理観はともかくですが、では、国連女性機関日本事務所が例の記事(※1)で要求したように、「アンステレオタイプアライアンス」に加盟した企業の「利害関係のない外部の第三者を、広告の掲載をめぐる意思決定の場に含むようにしてもらいたい」などとして、広告の作成から公表の過程で内容の審査を行うとなると、事前抑制としてとらえた場合に、国連女性機関日本事務所は公権力と言えるのか否かという問いが出て来るかと思います。
 国際機関が日本の公権力か? という議論は難しく何とも言い難いです。この、衆議院憲法調査会事務局の資料「「国際機関と憲法―安全保障・国際協力の分野における―」に関する基礎的資料」(※2)8ページでは、以下のような説明があります。
 「…国家が一般国際法上の包括的な法主体性を有するのに比べ、国際機関は、その目的及び任務に応じた機能的な権利能力を有するに過ぎないとされる。したがって、個々の国際機関が具体的にどのような権利義務を有するかについては、当該国際機関の設立条約等に明記された目的・任務の内容、手続等に即して決定する必要があると一般に考えられている。」
 9ページの図では、国際機関は勧告的効力を持つということになっています。
 そうしたことから、国際機関が国の警察や裁判所と同様の強制力を持つと言い切れるかどうかについては、判断がわかれそうです。勧告については政府として反論することもできるし、そうしてきたという例もあります。その様子は、外務省のWebサイトにおける外務省と国連女子差別撤廃委員会とのやりとりからも知ることができます(※3)。
 とはいえ、日本の法令では効力の優劣関係は、条約>憲法>法律>条例となっています。条約と憲法の関係は憲法優位説があるようですが、条約に批准することにより法律が作られたり改正の後押しになったりということはあります。1986年に施行された「男女雇用機会均等法」は、1985年の「女性差別撤廃条約」(正式名称「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」)への批准の影響下にあります。それは、内閣府の資料にも記述があり、「日本が1985年に本条約に批准した際には、男女雇用機会均等法の制定等の措置が取られた」(※4)としています(「女性差別撤廃条約」は、1975年の国際婦人年以降、1979年第34回国連総会において採択、1981年に発効。日本は1985年に批准)。
 ともあれ、国連のような条約に関連する機関は条約に影響し、条約からさらに法律や条例に影響する程度には権力があるということは言えます。上に述べたように、女性差別撤廃に関連する条約が法律に影響しているという実例もあります。
 一方、日本の公権力と国連の関係について国連は、どういった構造において自認をしているのかと言う点で、興味深い資料があります。こちらの日弁連のこのページ内、「急がれる政府から独立した国内人権機関の設立」というパンフレットです(※5)。
 1ページ目では、国内人権機関は「政府と独立した組織」で「公権力に強い」としています。そして、国連の自らの位置付けは、「条約締結国の公権力とは独立」と紹介しています。条約締結国の公権力とは独立して対峙する立場になります。
 ここまでは国連人権機関のことですが、もし国連女性機関が、同じようにそうした構造における関係を自認し、日本の公権力と対峙する機関として、もはや人権から離れ始め道徳的規範を及ぼそうというならば問題があると考えます。国連女性機関がこういう構造で自主規制に介在すると要求し出し、圧力を及ぼそうとしているのではないか? ということになりますが、これは今回の「たわわ」の件の新しい問題点でしょう。こういった部分もポストコロニアル視点においても差別構造があり、容認できません。

製作者サイドから考えても、無理がありそうです

 以上から、国連女性機関が「アンステレオタイプアライアンス」に加盟した企業の広告掲載の意思決定機関となる場合には、事前抑制としての問題点があると言わなくてはなりません。仮にそうした機関になったとして、4月15日付の記事(※1に同じ)にある「3つのP」の基準で審査なると、「Presence 多様な人々が含まれているか」でさっそく、広告表現について妙な制限は発生すると予想します。
 「アンステレオタイプアライアンス」に加盟した企業の広告写真は、被写体が複数人でなければならなくなると予想します。被写体が1人だとどれかの性になってしまうからです。デザイナー・アートディレクター等の製作者サイドに対しては、被写体が1人でも工夫して多様に見せろというクライアントからの要望があるかもしれません。しかしながら、如何様にも解釈してしまう人々がいる限り、なるべく単純明解に複数人にするのは必然です。
 また、「3つのP」の基準の判断主体として、例えば広告表現の知見がない人1〜2人で発言権を握ってしまうと、素人判断の妙な要望がされるのも危惧するところです。
 いずれにしても、そうした国連女性機関が広告掲載の意思決定機関になるのは問題があります。JARO等の自主規制機関は相応しくないのでしょうか? それはどういった理由なのでしょうか?

[注釈]

(※1)「国連女性機関が『月曜日のたわわ』全面広告に抗議。「外の世界からの目を意識して」と日本事務所長」/4月15日「HUFFPOST」記事(https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_6257a5d0e4b0e97a351aa6f7?utm_campaign=share_twitter&ncid=engmodushpmg00000004)
(※2)「国際機関と憲法―安全保障・国際協力の分野における―」に関する基礎的資料/安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会(平成15年5月8日の参考資料)/平成15年5月衆議院憲法調査会事務局(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11343083)
(※3)外務省Webサイト内女子差別撤廃条約に関するページ(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/josi/index.html)
(※4)「女子差別撤廃条約について」平成25年11月の資料(https://www.gender.go.jp/kaigi/renkei/ikenkoukan/60/pdf/2.pdf)
他、外務省のWebサイトからも知ることができる(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/josi/index.html)
(※5)日弁連Webサイト(https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/human_rights_organization.html)

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