最後の晩餐、何が食べたい?
「最後の晩餐は何が食べたい?」
献血へ行った時、健診担当の男性医師からいきなりこう聞かれた。
豊かな白髪と丸眼鏡で、60代くらいの見た目に反し、目の奥がいたずらっ子のようにきらっとしていたのが印象に残っている。
こんな雑談をこの場面でされたのは
初めてだった。
面白い先生だな、人も少ないし暇なのかもな。
そんな失礼なことを考えながら、
好きな食べ物をぼーっと思い浮かべる。
アイスも好きだし、果物も全部好きだな。
あつあつほくほくのコロッケもいいよね。最後ということで今まで食べたことがないような超高級品の方がいいかな。
うーん。
あ、あった。これだ。これしかない。
母の作った豚汁だ。
*****
私は料理が得意ではない。
大学時代から一人暮らしを始めたが、社会人になってからもやっぱり苦手だった。
一人暮らしの料理は難しい。
一人分だけ作るには具材が多いし、余った具材でもう一品、といった器用さも無い。
しかし、多めに作ると味に飽きてしまう。
加えて自分しか食べないと思うと、味付けも見た目もこだわりがなくなって粗くなる。
実際問題、手をつけるまでの気合い、時間、食器洗いなどあらゆる労力を考えると、一食分買った方が安いのではないだろうか。
なので、私は社会人になってからもついついスーパーのお惣菜に頼る生活をしていた。
でも、いつも違うメニューを食べても、なぜか買ったお惣菜の味に飽きてしまう時が来る。
そういった時、決まって恋しくなるのが母親の作った豚汁の味だった。
里芋、にんじん、大根、ごぼう、糸こん、豆腐、油揚げ、豚肉。
我が家の豚汁の具材はこれだ。
汁物ひとつでこんなに沢山の具材が楽しめるとは、なんて贅沢な料理なんだろう。
お椀に盛った汁の上から、もりもりと顔を覗かせる茶色多めの具材が愛おしい。
そこに鮮やかな青ねぎと七味をいやというほどかけるのが、私の大好きな食べ方だ。
ねっとりとした食感の里芋や、作った翌日の味がしみしみの大根は特に好き。
時々無性に恋しくなって自分でも作るが、その時は皮剥きが面倒で里芋は省くことが多いし、少し味が変わる気がする。
皮剥き済みの真空パックの里芋を使うこともあるが、やっぱり何か違うのである。
母親は帰省するたび口癖のように
「ちゃんと野菜食べてる?」と聞く。
そして、続けて「もっと野菜食べなさい」と言って愛情と具材たっぷりの豚汁をいつも出してくれる。
一人暮らしを経験して料理の大変さが分かっている今だからこそ、前より味も温かさも身に沁みて、お腹の底からじわじわと力が湧いてくる感覚がする。
そしてなにより、ご飯は大切な人と食べた方がより美味しくなる。
だから私は母の作った豚汁が大好きだ。
最期なら、大切な人と一緒に、食べ慣れた温まる大好物を食べたい。
きっと平均寿命的には叶わないだろうし、
叶えたくない夢だけれど。
ノストラダムスの予言の時に私が生きていたなら、きっと里芋を剥くのを手伝ってでも豚汁が食べたいとおねだりする。
*****
そんなことを考えながら医師に
「母親の作ってくれた豚汁です。」
と答えた。
すると医師は目を細め、優しく微笑みながら言った。
「とても素敵だね。
私はこの質問を色んな人にしているんだけど、お寿司って答える人が多かったなぁ。
でも以前高校の野球部の子たちが一斉に来てくれた時があってね。
その時お母さんの作ったおにぎり、って言った子がいて、それもとても素敵だなぁと思ったのを思い出したよ。教えてくれてありがとう。」
私はなんだか嬉しい気持ちになって、
それ以来、時々知人に質問するようになった。
寿司、フカヒレ、カレー、うどん、、
皆様々な答えを出すけれど、
1人だけ私と同じ答えの人がいた。
その相手は、私の妹だった。
やはり、家族はどこか似るらしい。
少しくすぐったい気持ちである。
ここまで読んでくれたあなたにも聞いてみたい。
「あなたは最後の晩餐に何が食べたいですか?」
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