微睡みと眠りの狭間で…
川端康成『伊豆の踊子』が、私には聴こえたのです。
「道がつづらおりになって…」と果てしなく聴こえたのです。
脳の誤作動だったのか、幻聴としての『伊豆の踊子』が確かに聴こえていたのでした。
延々と幻聴版私家製『伊豆の踊子』が続いていましたから、とても私は苦しみました。
《動く書物》としての私は、次第に疲れ衰えていきました。
すっかり誦んじている…あの『伊豆の踊子』。
気が狂いそうでした。
道がつづらおりになって…云々。
私は眠っていたのかもしれません。微睡んでいたのかもしれません。その狭間で痙攣しておりました。
後日、確認するため、『伊豆の踊子』(岩波文庫版)を読み返しました。すると、幻聴版とは微妙に異なり、なんだか私は憔悴の一途でした。
読み間違い…
自己肯定感は下がりました。
小説の散文や、詩の韻文の幻聴があったのは、私一人だけなのでしょうか?