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国【Jet Girls】(8・15 小説)

高校をサボってしまった。私は、朝ごはんをゆっくり食べ、髪からエロい匂いのシャンプーを纏う、というルーティンを遂行する過程において、遅刻ギリギリの電車の時間が通り過ぎていった。遅刻を確信した後は余裕であったが、そればかりでなく遅刻するくらいであれば行かないほうがよろしいであろう、と思い立ってしまった。厳格な母親は遅れてもいいから行かなきゃダメよと私を諭そうとしたけれども、なぜだか「外には出るが高校には行かない」と意地を張り、またなぜだか説得できてしまった。毎日遅刻ギリギリだったが、とうとう自分はドロップアウトしてしまったようだ。

家を出る時に、「いってきます」と言ったら母親の「いってらっしゃい」が当たり前のようにこだましたことが不思議であった。それで、いつも家を出る時の自分の脳内の擬音といえば、『ズギュン』と言った感じである。私はみんなが思うよりもJet Girlなので、尻の玉の両脇にジェットパックを装備し、音よりも早く、登校する。でも、今日家を出る時に想起された擬音は、『ポロリ』といった具合だった。乳首が出てしまった放送事故のような、誰かから背中をトンと押されたような。家を出た、と言うよりも家から追い出されたような。

母親は私が完璧に言葉を尽くし論破していて、あしたのジョーの最終回の灰になった矢吹丈であり、カミーユ・ビタン状態である。私は非常に弁が立つ。そして私は誰よりも早い。私の友達である順子と草薙と、品川駅から出発するのぞみ202号のどれが先に新大阪に着くか競走した時の着順は、私、草薙、のぞみ、順子であった。全員人名のようであるが、のぞみは鋼鉄の塊である。順子は遅過ぎて、なんか半日くらいかけてゼエゼエ言いながらやってきた。私は草薙に一時間の差をつけて到着していた。私はたこ焼きを悠々と食いながら、なんばグランド花月でまるむし商店の漫才を見て待っていた。

私は家の外を準速運転で歩きながら、果たして私がこの世界の外に摘み出されたのか、それとも…
もしかしたら、私は、世界を掴んでしまったのかもしれない。そう、私は弁が立つのと、その圧倒的な速さによって、世界を掴んでしまったのかもしれないのだ。だって、そうでなければ、学校をサボったり遅刻したり、新幹線より早く走ったのなら、先生や母親に問いただされたり米軍の研究施設に送られたりするはずなのだ。私はひとしれずこの世界を掴んでいるのかもしれない。

ほうほう。それでは何やら試してやろう。と思い立った私は、授業中であろう草薙に電話をかける。ワンコールで出た草薙は、開口早々
「てめえ何学校休んでんだよクソ」
と息巻いてくる。
「そう怒るなよ、爆乳」
「私のどこが爆乳なんだよ。アホ。」
草薙は低いうねる様な声でその後散々ぱら私に罵声を浴びせたが、「しょんべんしたら行くわ」と学校を抜け出して今いる三軒茶屋あたりまで来てくれることになった。草薙が来たら色々試そう。そうしよう。

草薙は想像している以上にかっ飛ばしたらしい。スマホでニュースを見ていたら、目黒にある高校から首都高速に飛び乗って車道を走ってきたらしい。そんなことしたら、やはり車が吹き飛んでいるようだ。吹き飛ばされたカイエンの所有者が、「顔は見えなかったが訴える」と怒りで肩を振るわせながら取材に答えていた。なぜ訴えるのか、そもそもお前が遅すぎるのが悪いのではないかと考えていたら、草薙はいつの間にかそばにいた。
「お前サボるんなら誘えよ」
「行こう」
「どこにだよ」
「10月」
草薙は細っこい目を見開いてパチクリしていた。ははん。私がこの世界を掴んじゃっている事実に恐れ慄いているのだな。
「今8月だぞ」
馬鹿なことを言うな〜こいつめ。私にかかったらそんなこと造作もないんだよな〜。
「ついてこいよ、草薙」
「あ、うん」
私は太陽が出ている方角をみて東を確認し、全速力で駆け出した。それに少し遅れて草薙もついてきた。

しばらく太平洋を走り、少し北に逸れてアメリカ大陸を59秒で横断し、ヨーロッパは訳もわからずなんか色々あった。一瞬戦火が見えたが多分ロシアだろう。カザフスタンからモンゴルへ抜け、中国をしばらく走って日本海を抜け、また元いた三軒茶屋に戻ってきた。うん。10月にしては暑いな。今年は暖冬なのかな。草薙が帰ってくるまで、季節外れのアイスクリームでも食って待つことにしよう。

二時間くらい遅れて草薙から電話があり、池尻大橋あたりに着いたようだ。並んでやっと買えたアイスクリームを一瞬で貪り食う寂しさよ。草薙。お前がこっちまで来いよ。待たせたんだから。と思うが、仕方なくそちらまで出向いた。

草薙はゴキブリでも見ているような、蔑んだ様な目で私のことを見ていた。
「これのどこが10月なんだよ。見ろよ、日付。」
「日付なんて見なくても10月だよ。」
「8/15って書いてあるだろうがよ。日付変わってねえじゃねえか。馬鹿か、てめえは。」
「草薙は口が悪いなぁ。しょうがないなあ〜。これをこうして、こうやれば、うーん。」
「パントマイムしてるだけじゃねえか」
うーん。なんか調子狂うなあ。もしや世界を掴めてなかったりして。ショック。非常にショックだ。悲しい。私はどうしたら良いのだ。座り込んじゃお。


よほど私が落ち込んでいる様に見えたのか、見上げると草薙がアイスを買ってきてくれていた。
「何か知らねえけど元気出せよ」と差し出してきたそれは、私がさっきまで並んでようやく買えて、草薙の都合で一瞬で貪らなければなかったそれだ。こいつ、マジで間が悪いな。しかもよりによって被るかよ。ケッ。私は神だぞ。草薙はめんどくさそうに、
「早く食えよ」という。
「うるせーなー」「なんだよその態度はよ。」

翌日学校に登校すると、米軍の研究施設員が大挙して押しかけていた…訳はなく、普通に担任に無断欠席を怒られた。意味わかんねー。

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