プロダクト愛はなくても、あり過ぎても売れない。約20年の営業経験を持つ向井俊介にとって「営業」とは?
「私の未達時代」では第一線で活躍するセールスパーソンを訪ね、失敗をしていた過去から売れるようになった現在までのストーリーを紹介していく。
今回は、元App Annie Japan代表(※現在はdata.ai)の向井俊介さんに取材。2020年に自ら会社を起業し、そこでtoB向けに法人営業のアドバイスを行っている。
「営業はプロダクトを売る仕事ではない」
取材中、彼がこんな言葉を口にした。
一体どういうことか。彼にとって、営業とは何なのだろうか。私たちはそんな疑問が湧いてきた。そこで本記事では、営業としての彼の人生を振り返ると同時に、彼が考える「営業の本質」について聞いてみた。
“潰れないだろう”。軽い気持ちで入社し、たまたま営業職に配属された
——現在のお仕事について教えてください。
現在は営業のアドバイザーをしています。主に経営者に対して、継続的に売れ続けるための仕組みづくりや、強い組織を作るためのサポートを行っています。
また約2年前から、独自に作ったセールストレーニング「旬トレ」を実施。幅広い営業人材の方々に向けて「営業の本質とは何か」を伝えています。
——営業アドバイザーになるまでは、どのような経験をしてきたのでしょうか?
新卒で営業に配属されてからこれまで約20年間、営業の経験を重ねてきました。新卒で国内の上場企業に入社し、外資系の情報会社に転職。そのあとはITリサーチ・コンサルティング企業の米Gartnerを経て、アプリに特化した市場データを提供する米data.ai(旧:App Annie)に移り、現職に至ります。
扱ってきたプロダクトは主に「情報やデータ」です。情報やデータは、市場では非常に「売りづらい」と言われることが多い商材で。これまで培ってきた経験をもとに、それらを売るための工夫や知見、プロセスを言語化し、企業様に向けてアドバイスしています。
——最初からもともと営業志望だったのでしょうか?
いいえ、実はそんなことはなくて。
新卒の会社を選んだ理由は比較的伸びていたから。「ここは絶対に潰れないだろうな」という観点から、軽い気持ちで入社を決めました。加えて当時は「とりあえず技術を学ぼう」とエンジニアを志望していたんです。しかし幸か不幸か、偶然営業職に配属されました。
——そうだったのですね。希望していなかった職種に配属されることに抵抗感はなかったのでしょうか?
そうですね。まだ自分が何に向いてるかもあまり分かっていなかったので。「××部がいい」「〇〇部じゃないといや」など、配属に対して特別強い意志があったわけでもなく、抵抗する理由もありませんでした。
営業に関してのエピソードを強いて言うならば、大学4年生の時にテレマーケティングのアルバイトをしていました。その時は、会社の最高記録を更新し続けて成果を出していたので、「もしかしたら営業に向いているのかな」とは思っていましたが。あとは父親が営業だったので、営業という職業は身近にありました。
転職をしたものの会社のプロダクトを愛せず、売りたくても売れなくなった
——ここからは向井さんが営業になってからの期間について、お伺いできればと思います。ズバリお伺いするのですが、売れていない時期はありましたか?
もちろんありましたよ。最初はモチベーションも低く、売れる営業になりたいと思ってもいませんでした。
直属の上司からは、「3年目まではサボることだけを考えていればいい」と言われていたんです。4年目になると少しずつ仕事ができるようになって、サボりたくてもサボれなくなるからって(笑)。
それを信じるかどうかは自分自身の問題ですが、当時の私はその通りにしていました。振り返るととても意識が低い社会人だったかもしれません。
——とても意外です、今の向井さんからは想像がつきません。
ただ、本当に売れなかったのは2社目にいた時。私が入社した直後に、会社の方向性がガラリと変わり強制転籍を行わざるを得なくなりました。そこで会社の商材を、データから調査レポートをメインにシフトすることになったのです。
私自身はもともとデータに関心があってその会社に入っていたのですが、プロダクトが変わり、プロダクトに対する愛がなくなってしまった。その結果、売りたくても売れず、楽しんで仕事をしようと思っても楽しめない。半年ほど精神的に辛い時期が続きました。
——成果が出ず、精神的にも辛い日々。そのような状況から、どのように壁を乗り越えていったのでしょうか。
会社を休み病院に通いながら、ある程度回復してきた時に「転職」を決意したんです。そこで目をつけたのが、IT分野を中心に調査やアドバイスを行うGartnerでした。
Gartnerには、新卒時代から強い憧れを持っていて。彼らのビジネスにものすごく共感していた。実は一度目の転職の際も視野に入れていた会社だったんです。その時は経験値が足りなかったのですが、数年経って「今の自分だったら行けるかもしれない」と感じ、応募。晴れて入社が決まりました。
入社してからは、お客様に合わせた提案をできるようになり、大型の受注にも成功。自然と成果が出るようになりました。
——「会社のプロダクトを愛せていないと売れない」ということを学んだと。
商材に対して「これを広げたら多くの人がハッピーになる」と心から思えていなければ、私の場合はどんなに頑張っても売れないことを学びましたね。また、Gartnerという会社への憧れと、やっていることへの納得感が重なり、お客様に対して魂を込めてアドバイスできるようになりました。
ただ、これには一つ罠があります。会社やプロダクトを好きでいることは大事なのですが、好きすぎるのも問題なんですよね。無意識に「なんでこんなにいいプロダクトなのに、みんな使わないの?」と思ってしまうので、相手の気持ちに立ったコミュニケーションができなくなってしまう。私はプロダクト愛が強すぎて、主語が「自分」になっていました。
しかしそんな私を見つけて、上司は正しい方向に指導してくれたんです。
上司から、人に対する「正しい振る舞い方」を学ぶ
——具体的にどのように指導してくれたのでしょうか。
上司が教えてくれたなかで「営業に関する指導」は、ほぼゼロでした。逆にマナーや礼儀、お客様と人としてのコミュニケーションについてなど「人に対する振る舞い方」を叩き込まれました。
例えば、お客様に食事に誘ってもらった際には、終わった直後に必ずお礼をする。会社で降格してしまった人がいたとしたら、そばにいてあげる。困ってる人ほど近くにいて助けてあげる。人を肩書きで判断しない、肩書きによって接する態度を変えないなど。人として当たり前のことを教えてもらいました。
——人としての正しい在り方について指導してくれる、素敵な上司がいらっしゃったんですね。
はい。逆に営業のメソッドを叩き込んでくれたのは2つ上の上司でした。その方には全ての提案書を確認してもらっていたのですが、最初は未熟なものばかり作って、よく破られていました(笑)。かなり厳しい方でしたが力にはなりましたね。
人間的に成長するためのアドバイスと営業に関するテクニックを、それぞれ違う方が教えてくれました。
——上司の言葉で、特に記憶に残っているものはありますか?
よく言っていたのは、「正しいことをやっていれば、数字は絶対に後からついてくるから、心配するな」という言葉。
その言葉を信じて、自分にできる最大限の力で、ただ目の前のお客様に対して真剣に向き合ってきました。彼らのおかげで「目の前の人をハッピーにするために、じゃあ自分には一体何ができるんだろう」と、考えるスタンスが身につきました。
営業はお客様を超えて、社会や経済に良い影響を及ぼすもの
——営業としては、どのくらいの成果を出されたのでしょうか?
営業のなかで上位10%〜15%ほどになり、世界中で結果を出した営業だけが招待されるイベントに、4年連続呼んでいただきました。
海外で開催されるパーティーだったので、毎年母を招待していましたよ。
——最高の親孝行ですね。
では、最後に20年の営業経験を経て、向井さんが思う「営業」の価値についてお伺いできればと思います。
私が営業をしている一番の存在意義は、目の前のお客様が正しい購買行動をできるようにすることです。
例えば、何かを買おうとインターネットに向かっても、そこにある莫大な情報によって、どう優先順位をつけたらいいのか、どうやって決めたらいいか悩んでしまう方は多いと思います。そこで多方面から「あれがいいですよ」「これがいいですよ」と売るためのセールストーク的なコミュニケーションを取られても、お客様にとってノイズにしかならないんですよ。
一方で、お客様側は常に何かに困っているという現状はあって。そこで売る側、つまり営業をアップデートして「困りごとの解決のために解決すべき課題は何なのか」を特定するプロセスに介在できるようになれば、買う側はストレスなく意思決定し、正しい購買ができるようになると思うのです。
——なるほど。
営業って「自分のプロダクトを売る仕事」と考えがちなんですが、もっと長期的な視点で見ると、営業は「お客様のお客様まで価値を共創することによって、社会や経済に良い影響を及ぼしていくもの」だと思っていて。
それをするための第一歩として、自分の売っているプロダクトを理解し、愛していることは重要なんじゃないかと思いますね。
ライター:フジカワハルカ