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『銭湯ハンター川崎賢吾』

登場人物
川崎賢吾  全国の銭湯を巡っている。二十五歳。



1. とある銭湯・外観

擦り切れた暖簾が垂れ下がった銭湯。
その前に仁王立ちしている川崎賢吾。

賢吾 「(モノローグ)俺は銭湯ハンター川崎賢吾。全国の銭湯を味わい尽くすことを目標に、今日もまだ見ぬ湯を求め流離う!」

満足げな表情の賢吾。外観をまじまじと眺める。

賢吾 「さて、今日は…一段と汚いな…政…なんだ? 達筆過ぎて読めねーっつーの。調べてみるか」

スマホを取り出し、「銭湯 政」と調べる。

賢吾 「ん〜〜、出てこん。現在地は、と…」

地図アプリを開いて拡大する賢吾。

賢吾 「え〜〜っと、…ん〜〜?(首を捻る) ここだよなぁ。…なんで空き地なんだよ…まぁとりあえず入るか!」

スマホをしまい中へ入っていく。

2. 銭湯内

暖簾をくぐり戸を開ける賢吾。

賢吾 「こんちは〜。て、番頭さんいないじゃん。すいませ〜〜ん」

奥を覗き込むが、誰もいない。

賢吾 「今は銭湯も無人化なわけ? まあいいや、えーっと400…え490円? 10円高えし。色々となんだここマジで…」

台にあるトレイにお金を置いて、男湯に入っていく。

3. 脱衣所

ボロボロの籠、所々剥がれた壁紙、錆びついた体重計が置かれている汚い脱衣所。表情を歪める賢吾。1つだけ、比較的綺麗な籠がある。

賢吾 「うぉ〜、これはベストオブ汚い確定だな…」

綺麗な籠に荷物を入れ、服を脱いでいく賢吾。

賢吾 「(風呂場を覗きながら)客も俺一人っぽいし」

タオルを巻き、カビが生えたドアを開ける。

4. 男湯

賢吾 「洗い場4つ、風呂が2つか…狭いな」

洗い場へ行く賢吾。4つのうち3つがカビだらけの椅子に、垢だらけの鏡。1つだけカビの無い椅子と、やけに綺麗な鏡。

賢吾 「ここだけめちゃくちゃ綺麗だな。(シャワーを出して椅子に掛けながら)さっきの籠と言い、誰かが1つだけ掃除してんのか?」

椅子に座る賢吾、体と髪を濡らす。髪をかきあげてシャンプーを出す。

賢吾 「よくあるお茶の匂い。俺はこれ結構好き」

頭を洗う賢吾。背中に風を感じて泡がついたまま振り返る。

賢吾 「なんだ? なんか涼しかったけど…気のせいか」

頭の泡を洗い流し、ボディーソープを出す。

賢吾 「シャンプーと同じ匂いね、良いよ良いよ」

体を洗う賢吾。また背中に風を感じ振り返る。

賢吾 「またかよ。ここ人は居ねーのに霊はいんのか? お〜〜い出てこい幽霊さんよ〜」

何も起こらない。ため息をついて向き直る。

賢吾 「(体を流しながら)変な銭湯だな〜マジで」

体を流し終えて、立ち上がる賢吾。

賢吾 「さ、お目当ての風呂はどんな感じでしょ、っと」

湖のような歪な形で深めの風呂と、濃い青の湯。

賢吾 「変わった形だな〜、何かをモチーフにしてんのか?」

足を湯につける賢吾。

賢吾 「わ、結構深ぇ」

説明書きを見つける。じゃぶじゃぶ湯の中へ入っていき、体を湯に沈める。

賢吾 「お、何か書いてあんじゃん。(説明書きの近くまで行き)え〜っと? 『このお風呂は長野県上水内郡信濃町にある“野尻湖”をイメージして作られています。』へ〜!やっぱり。…『野尻湖は、かの有名な上杉景勝の実父であり、自身も戦国時代の武将であった長尾政景が』あ政景! 暖簾のあれ! 政景って読むのか〜なるほどなぁだからか。んで…『長尾政景が、溺死したという説が』……えぇ〜〜〜〜〜〜。何でそんな湖モチーフにすんだよ銭湯で…しかもここ長野でもねぇのに…」

周りをキョロキョロと見る賢吾。頭を掻き、ヘラヘラ笑う。

賢吾 「……まぁまぁまぁまぁ。説だから! 説! ね!」

ふと、湯の中を見る賢吾。湯が揺らめいて、底に真っ黒い髪の毛と顔の様な“何か”が見える。

賢吾 「うぁぁぁぁぁぁあぁぁ!?!?!?」

急いで湯からあがろうとする賢吾、水深が深くてなかなか戻れない。何とか手すりを掴んで風呂から上がり、走って脱衣所へ行くが、思いっきり滑る賢吾。

賢吾 「っあぁぁぁ!!!!」

背中から倒れる賢吾。頭を打つ。

5. 銭湯・脱衣所

  長椅子からガバッと起きあがる賢吾。

賢吾 「あぁぁぁぁぁ…………あ?」

見知らぬおじさん 「お、にいちゃんやっと起きたか。大丈夫かぁ?」

物の配置や狭さなどは何一つ変わらないが、来た時とは比べ物にならない程に綺麗な脱衣所。中高年の男性が何人もいて、至って普通の銭湯。

賢吾 「…え、ここ。あれ、俺」

見知らぬおじさん 「脱衣所だよ、銭湯の。にいちゃん風呂場で足滑らしてすっ転んで、気ぃ失ってたんだ」

賢吾 「え、はい…いや、でもだって今の今までここ、誰一人居なかったじゃないですか! 番頭さんですら!」

見知らぬおじさん 「何言ってんだぁ? 頭打ったか?」

賢吾 「いやいや! 本当に、誰一人居なくて。ここも、もっと汚くて、カビだらけで…!」

見知らぬおじさん 「おいおい、本当に大丈夫か? 救急車呼ぶか?」

隣で体を拭いている男が声をかける。

男 「そいつ、来た時からちょっと変なんだよ。一人でベラベラ喋りながら入ってきて、風呂ん中で急に叫び出してさ…」

男もおじさんも、気味が悪そうに賢吾を見る。

賢吾 「っ、いやいや、確かに誰も居なくて…!」

見知らぬおじさん 「そいつは、大変だったね…」

愛想笑いをしながら後退りし、去っていくおじさん。周囲が賢吾と距離を取っている。賢吾、周りをキョロキョロ見て、縮こまる。

賢吾 「(モノローグ) 俺は銭湯ハンター川崎賢吾。…次回はまだ見ぬ湯ではなく、お祓いに行くことにする」






                               終

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