
未亡人日記72⚫︎「ナミビアの砂漠」
ナミビアの砂漠というタイトルで、鼻ピアスのヒロインの写っているポスターを見て、草原で牛飼いみたいな人たちが(出てこないだろうけど)出てくるような印象を持っていた。
私はノーインフォメーションで、映画館の一番前で、一人で映画を見る派なのだが、この日は友人と一緒で、連休の映画館も後ろはそれなりの入りだけど、前の方はガラガラで、快適だった。
映画の冒頭○1○1(丸井です)の見えるロングショットがいいなあ、と思って見ているとすぐに友人の友人ぐらいの距離の友達が死んだ話になり、ヒロインと友人の自然な演技に心を掴まれ、その喫茶店の席の周囲ではノーパンしゃぶしゃぶの話をしているとか、死の衝撃の反動で(ホストクラブ?)に行くとか、寄ってきたスカウトの男に最高の悪態つくとか、ドキドキしながら一体どこまで私たちは連れてゆかれるのだろうか? と思っていたら、21歳の若い娘らしく男子達との絡みもいざこざも(主に彼女に起因する)色々もあり、(後で一緒に見ていた友人は彼女が冒頭の方で薬を飲んでいたのは精神科系の治療薬だ、と教えてくれて、なるほどと)。ずーっと手ブレするカメラとノイズに溢れた画面に、船酔いするような気持ちで、揺られていた。
若い頃の、何者でもない自分に焦燥する感じを思い出したけれど、彼女は何者でもないことに苛立っている訳ではなく、今いる場所が辛いけど出口はないということを、表情と態度でずっと表していた。背景で暗示される家庭の困難や、国籍? のはなし。(ここにも自分の場所が不安定な暗示)。最後は同棲中の男と取っ組み合いを繰り返す。最初の頃は男達に、また仕事の場所や招かれた野外キャンプでは時々お愛想に笑っていたりしたけど、どんどん半眼のままになっていき、その菩薩のような河合優実さんの無表情のバリエーションと、どこかいつもフレームに対して持て余していて大きい肉体感(存在感)が素晴らしい。
ナミビアの砂漠について何も知らないので後で調べたら、本当にライブカメラが実在してオリックス(動物)が水を飲んでいた。
「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだよ」という『星の王子さま』の一節を思い出した。あ、これ、ありきたり? な感想になっているかな。そんな“感傷的”に解釈されると困るのだけれど、彼女はナミビアに行くことは多分ないだろうし、ナミビアの砂漠はすでにスマホの画面で目の前に見えてしまう現代、行く必要も何もないのかな。でも彼女にとってのあの水飲み場はなんなのだろう? と、やはり考えてしまう。
誘ってくれた友達と、若者と観光客外人でわいわい賑わう横丁を抜け、サン・セバスチャンが本店だというスペイン料理の店に行って映画の話をした。白ワインを頼む。瓶の口のところに細長い金属の口がついていて、うーんと高いところからグラスにワインを注いでくれる。
「画像撮っていいですか?」と聞くと、店のお兄さんは「いいですよ、緊張するな」と笑った。
ナミビアほどは遠くないかもしれないけれど、私がサン・セバスチャンに行くことも多分ないだろう。
遠いところから帰ってきたなあ、と思うのは、すごい映画だったからではないかと思う。