未亡人日記67●赤提灯で会いましょう
湘南新宿ラインに乗って都心から遠ざかって行く夜。
窓の外の明かりが減っていく。文明は光であり、文明は電気でできているのだなあ、といつもと同じようなことを思っている。
ターミナル駅で乗り換える。夕方のラッシュは地方の駅にもあって、子供と私は大きな荷物を持ちながら、帰宅する乗客たちと一緒に階段を駆け上がる。ここでローカル線に乗る。
初めて乗る路線では、いつも、目的地がどっちにあるのか不安になる。行き先を見ても降りる駅が含まれているかどうか分からないので不安だ。もう夜だし、電車の本数だって地方だからどうなっているのか分からない。間違えたら大変だ。判断するのは私しかいないから。
判断するのは自分しかいない。
一緒に子供を育ててきた夫はもういないから。
夫が亡くなって、まだ一年たっていなかった。
明日が息子の試合で、前乗り(前泊)なのだ。初めての町のホテルをどこに取ったらいのか分からなかったので、とりあえず駅前のビジネスホテルにしたけど、これで良かったのかな?
駅自体は、元々の街の中心地から離れたところにできているので駅前がそれほど賑わっていない。そして駅には表と裏があって、表はまあまあ栄えているが、裏はほぼ何もない。その何も無い方にビジネスホテルはあった。
暗い夜の中、駅からまっすぐの大きい道路をてくてくと歩いていくと、目指すホテルの反対側に居酒屋の赤提灯が見えた。
フロントでチェックインして、子供と荷物を解いた。夕ご飯をどこかで食べないといけないので駅前に戻って何か食べようと思ったが、何にもない暗い中、また歩くのが億劫だった。調べると、大きなフードコート兼ショッピングモールが駅の反対側にあることがわかり、そこまでタクシーで行くことにした。
タクシーを呼んでもらってタクシーに乗る。大きなフードコートで何か食べて、広い本屋と蛍光灯が煌々とするドラッグストアで買い物をし、またタクシーで帰ってきた。
タクシーを降りる時、またあの居酒屋の赤提灯が見えた。
あそこで夫が待っている。
店の黄色い電気の下で、紺色のスーツを着て、ネクタイをひらりとさせ、
「やあ」
なのか
「遅いよ」
なのか、私に言う夫の笑顔が思い浮かんだ。
ビールのジョッキはもう目の前にあって。
夫はここにいたのか。
電車できた知らない町の、ポツンと、暗い中灯る赤提灯の店の中に。
お酒と人の喋る熱気で、もわんとする空気が想像できた。
ここまで私が来たのはそのためなのか。
あの居酒屋に一人、入ってみたいという気持ちはあったが、私はそれを封印した。