雨が上がった6月の夜、男は持病の偏頭痛で頭を揺らされながら、駅の喫煙所のベンチに腰を掛けた。自分が生まれた年に製造されたZIPPOで煙草に火をつけ、向かいのベンチに座っていた若い男女たちを何気なく見つめた。そこの喫煙所は、自販機の明かりしかないため、顔が暗闇から染み出したように見える。女が笑う度に歯だけが一層闇から浮き出し、顔全体に広がっていく。ベンチが濡れていたことへの後悔が偏頭痛と共鳴を起こし、蒸し暑い夜への苛立ちが込み上げてきた。向かいの男女たちの視線が一斉に地面に向けられた。Gだ。一定の周期で自販機の光に点の軌跡を刻していく。男女たちは歯を顔の中心に収束させて、早々と立ち去った。Gは、男女が座っていたベンチの下で何かを待っている様に止まっている。何かを待っていると感じたのは、自分が何かを持っているからかもしれない。得てして、その何かが人生にうちでわかる者は、ほとんどいないだろう。喫煙所は男一人になった。鎮座し続けるGと男。偏頭痛がひどくなってきた。梅雨の時期は特にひどくなるのだが、湿度の高さで神経が逆なでされているのか。わずかな体積で人間のいる空間を埋めるG。でかい図体でベンチにいながら闇と同化している男。湿度が高ければ高いほど空気に占める男の割合が小さくなっていき、Gの密度が大きくなっていく。暗闇の成分が実はほとんどGであるかのように思えてきた。


動かない。あの長い触角が規則的に動かしているのが見えなくても感じられ、小さな触角が空気を揺らして、俺の偏頭痛の周期と共鳴し、どんどん大きな波になっていく。煙草の灰が地面に落ちた。フィルターの傍まで火は迫っている。
 
男は短くなりすぎた煙草を地面に落とし、しっかりと靴で踏みつけた。