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さなのばくたん。に対する一考察 -パラレルワールドを通じた叙述トリックと自己言及-

この投稿にはイベントと公式同人誌のネタバレを含みます。

始まる前はマウスコンピューター様ありがとう!漏れのPCもDAIVだよ!お揃いだね…とニチャニチャしていたのですが、終盤の展開の衝撃が大きく、終演後しばらくパソコンの前から動けなくなりました。

何がどう衝撃的だったのか、どこにどう伏線が張られていたのか、可能な限り丁寧に分析したいと思います。
楽しいライブレポというより、構成に隠された仕掛け、それ自体の持つ意味を考察する性質のものです。そういうものだと思って読んでください。
また、イベントの興奮の勢いのままにキーボードに向かっているので不正確な部分もあるかと思います。コメントでご指摘いただけましたらうれしいです。名取さんの命に従いファン同士で慣れ合う気はないのですが、彼女について書いた記事に雑な部分があってはいけない、そう真剣に考えています。


このイベントの登場人物

色々と複雑になるので、まず登場人物を整理する。

1)名取さな

バーチャルサナトリウムに住む自称17歳のナース。配信ではよくアラサーにしかわからないネタを拾う。また、医療方面の知識はあまり詳しくない。ときおり「本当にナースか」とリスナーにツッコまれている。
バーチャルユーチューバーについては、黎明期においては設定を作り込む「コンセプチュアルアート」タイプ(キズナアイや鳩羽つぐ黛灰などのタイプ)がいた。しかし、マーケットが成熟しにじさんじやホロライブなど、所謂企業に所属する「配信者」としての側面が強くなると、中の人の存在が仄めかされてしまったり、設定と違う話がついポロっと出てしまったりということが許容される空気が強くなった。
そんな中、名取さなは「これはアバターではなく本物の私の写真だ」「私はあなたたちと違って肉の身体を持っていない」「バーチャルサナトリウムから外出許可が下りない」といったコアな「バーチャル」設定を崩していない。この点において特異な存在だ。


2)名取■奈

名取さなによく似ているが2018年時点で23歳を自称しており別人のようだ。目は虚ろで覇気がなく、暗い灰色の服(病院の館内着?)を着ている。

■ 参考1:_

2018/10/13に投稿されたこの動画では自分は23歳であると語る。名取さなの17歳であるという設定とは異なりやはり別人だろう。

最後に画面に現れる文字化けを解読すると

わたしの
なりたかった
わたしへ

となる。名取■奈は現在の自分とは異なる姿になりたいと望んでいることが窺える。

■ 参考2:2011.04.**

病院で治療記録として録音されたものだろうか。ノイズがひどい。
動画で語られた内容を文字に起こしておく。

また元気になれたらお友達をつくって一緒に遊びたいです。
元気になれるよう頑張ります。よろしくお願いします。


■ 参考3:名取さな 公式同人誌 そこまで薄くはない本

扉絵に腕に包帯を巻き苦し気な表情で眠る彼女と病院のカルテと思しき書面が掲載されている。精神的に不安定なところがあるのか、引きちぎられたお気に入りのぬいぐるみ、血が滲み包帯を巻いた手首の写真が添付されている。


3)国王

さなちゃんねる王国の国王を務めるパラレルワールドの名取さな(1人目)

(4日前から伏線張ってたんですね)



4)キョンシー

本当は人間だがキョンシーの振りをしているパラレルワールドの名取さな
(2人目)


5)高校生

高校生をしているパラレルワールドの名取さな(3人目)


6)西郷・R・いろり

名取さなが配信で生み出したキャラクター。お餅をモチーフにしている。もちもちしてかわいい。


イベントの構成


ここからはイベントの構成を振り返る。便宜上、展開を部に区切っているが、実際のイベントは途切れることなく終演まで一続きに行われた。

第一部:序幕

楽しく賑やかなお誕生日イベントは昨年の生誕で披露した『メチャ・ハッピー・ショー』で幕を開けた。
確か昨年のトリだったと思う(違ったらすみません)。

このショーが終わっても続いていくストーリー

この曲から始まったのは何かの続きであることの暗示だろうか。

3曲目に歌われた『happy bite』もこの後の展開を仄めかす伏線である。
アニメ『傾物語』はどこにも帰ることができず怪異として現世を彷徨う八九寺真宵が自身の存在と向き合う物語である。主題といいパラレルワールドを扱う点といい本イベントと類似点が多い。


第二部:パラレルワールドと悩みの解消

舞台に謎の装置が現れ、別の世界戦の「名取さな」の悩みを観察しリスナーと解決するという展開をここから3度反復する。画面には次のメッセージが浮かぶ。

汝の願いを叶えたくば、まずは汝と向き合うべし。

これが誰の声なのか、最後に明らかになる。

①    名取さな1 国王

国王の名取は国民を楽しませるために様々な施策を打ち出したり、国王自らファンサを行ったりするなど懸命に働いている。しかし、本当に国民を楽しませられているのか不安なのだという。
これに対しリスナーは国王と一緒に過ごすことを楽しんでいる様子を見せた。すると「私自身が楽しく過ごす姿を国民に見せればよいのだ」と国王は納得する。1件目のお悩み解決。

国王の悩みが解決したところで新曲『パラレルサーチライト』が披露される。この楽曲は本イベントを象徴する非常に重要な役割を果たしている。

事後にわかるのだが、イベントの構成をメタに暗示するものであった。パラレルワールドの名取さなを観察し、自身の行く先を考えるという歌詞の内容がそのままイベントの構成とリンクしている。

今日 何か待ってる
旅路を進んだ自分だって
可能性が本当になる
なってる?

サーチライト 非現実ばっか
ちょっと背筋伸びちゃう
あのね そこら中に進めちゃうルートが100万通り

(中略)

180度違う世界を見ているのは
私が無限大ってことですか
駆け足でいいですか
行く先は晴れたまま

「可能性」とは、「非現実」とは何なのか。「行く先」とはどこなのか。これも最後に判明する。

②    名取さな2 キョンシー

キョンシーは本当は人間だ。しかし、友達がいないことを悩んでおり、幽霊たちと友達になるためにキョンシーの振りをしている。幽霊を騙していることを悩むキョンシーとリスナーは水平思考ゲーム(所謂ウミガメのスープ)に挑む。
出題された問題は「ある人物は子どもをだまし続けた結果、保護者から感謝された。何故か。」というものだった。
そして回答はこうだ。子どもたちを楽しませるためテーマパークで着ぐるみに入るアルバイトをしていた。本来は内気な性格だがパフォーマンス中は自分を偽り、その姿を見せることで子どもたちを楽しませ保護者からも感謝された。

ゲームを通じ、キョンシーは「自分が本当のキョンシーかは関係なく、周囲の幽霊と楽しく過ごせることが重要なのだ」と気付き、「これでこのままでいいのだ」と自分に言い聞かせ去る。2件目のお悩み解決。

挿入された『全部ホントで全部ウソ』という楽曲がまた示唆的である。
「名取さな」というパフォーマンスは鍵括弧を付けて表現されるべきウソであるが、一方でそのウソを通じてリスナーと楽しく過ごしたいという本心はホントだという感情の吐露と受け止めることができよう。



③    名取さな3 高校生

高校生の名取さなは周囲と比較して学業成績が振るわず悩んでいる。悩みを極端に受け止めすぎて「この世の終わりだ」とこぼす。
これに対し、「この世で一番大切なことは?」というテーマのリスナーアンケートを紹介。
回答の一つに「自分がこの世界の主人公だと思い込むこと」というものがあった。

「思い込むこと」、と真偽は保留しているのがわかるだろうか。高校生は様々な一番があり、人と比べるのではなく自分自身が大切だと思うものを信じるのが大切だと気付く。3件目のお悩み解決。


ここで挿入されたのが『モンダイナイトリッパ―』。

楽曲の内容は監視カメラ付きで内側からは鍵の開かない病室で過ごす名取さながディスプレイ越しに世界旅行を夢見る内容だ。
そして、この曲は名取■奈の文字化けメッセージへのアンサーである。

(制服さんかわいい)


ここで3人のお悩みとその解消を振り返ってみよう。

①自分がみんなを楽しませられているか不安
 → 自分自身が楽しむことが大切

②嘘の自分を演じることが後ろめたい
 → 本当の自分が何者かより周囲とどう楽しめているかの在り様が大切

③人と比べてみた自分の姿に落ち込む
 → 自分自身の信じたい価値観を信じ込むのが大切

これらは全て「偽りの姿であってもそれが生む享楽を肯定する」という点において相似形である。



第三部:真の悩みの持ち主の判明


元の世界に戻り「3人の別世界戦の名取は悩みが解決して羨ましいなあ」と振り返っていると、唐突に画面が暗転し名取■奈が現れる。
本当の自分はナースではなく、なりたくて憧れている。その振りをして何年もみんなを騙してきたと告白する。


舞台は名取さなに再度切り替わる。名取さなは■奈の登場に戸惑いながらも、証言は本音であると伝える。記憶する限り名取さなが■奈に言及するのはこれが初めてだ。彼女はイベントを振り返り、①~③の別世界戦の名取の悩みはナースとしての自分の悩みと類似のものであると気付く。

他の世界線の自己の悩みの客観化を3度反復して行ったことで、名取さな自身の葛藤が解消するのだ。4件目…、ではなく真のお悩みが解決。
「パラレルワールドのお悩みを解決する」というストーリーはミスリードであり、「覗いていたのは名取さな本人の心の葛藤であった」という転換が起こるのだ。このイベント自体が叙述トリックを用いた自己言及の巨大な装置だったという訳だ。壮大すぎるだろ。lainとかさよならを教えてじゃないんだぞ。

プレゼントデイ、プレゼントタイム

名取さなは「本当にナースであるかは問題ではない」と語り、「悩みと向き合う新しい約束をさせてほしい」と宣言する。

ここで新曲『ゆびきりをつたえて』が始まる。
1番は名取■奈の苦しい思いの吐露。
2番を少し引用する。

空回るのは少し減らせた
ロウソクは少し増えた
思うほどこの世界は
私をズルいと思わないみたい

2番から17歳のナース(理想とする自己像)へと切り替わる。

気持ちに整理がつき「名取さな」として振舞うことへの躊躇いが解消される。

演じたい自分を演じること、嘘を付き通すことを肯定できるよう心情が1曲の中で変化する様子はこれまたイベントを通じた彼女の変化とぴったり重なる。

イベントは新曲の披露を以て終了する。
終演の案内は西郷・R・いろり(名取が自身の配信でつくったキャラクターであり自身で声を当てている)が担当した。2021年、2022年はそれぞれ友人の甲賀流忍者ぽんぽことピーナッツくん、リゼ・ヘルエスタが行っていたことを考えるとこれも対照的である。自身の設定のケリを自身で付けるのだという覚悟を感じる。

果たして-ハロー・マイ・バースデイ-というサブタイトルがここで回収された。真の意味での名取さなが2023年3月7日に誕生したのである。

名取■奈が現れたのは2年振りだろうか。少なくとも昨年の生誕にはいなかった。「知名度も順調に上がってきているし、軽妙でウィットに飛んだ雑談が持ち味の配信者としてもうこの設定には触れない方向なのかな」と少し寂しく思ったのをよく覚えている。

しかし、名取さなは設定を捨ててなどいなかった。
「汝の願いを叶えたくば、まずは汝と向き合うべし。」は名取■奈が名取さなに向けたものであり、イベントを通じて真正面から向き合い、乗り越え、次の段階へと進むことを鮮やかに披露して見せた。

イベント構成そのもの、挿入される楽曲、新曲の展開がそれぞれメタに相似形を織りなし、重なり合い、自身の在り様に向き合う物語を見事に演出している。無駄がない。

お誕生日イベントで叙述トリックを使った自己言及なんかやるな。本当にびっくりして感情ぐちゃぐちゃです。なんてことしてくれたんだ。絶対に許しません。お誕生日、本当におめでとうございます。

2023/3/27 続きを書きました。


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