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ケンカ
高校3年生の春のことだ。我が新聞部でも新入生を獲得しようと募集をかけたところ、ひとり異質な人物、といおうか、どうみてもウチにそぐわない輩が入ってきた。わかりやすくいえば不良っぽい奴だ。
入部を断る理由も特にはないので許したが、やっぱりウマが合わないというか、ソリが合わないというか、浮いた存在になっていた。
そういう部員にはやっぱり冷たくというか激しく当たってしまう。雰囲気を悟ったその男は結局部をすぐ辞めてしまうのだが、数日後お礼返しにきやがった。
一人ひとり遺恨のあった先輩に呼び出しをかけてケンカをふっかけるのである。
部員Hがニコニコしながら、部室の裏で、待ってる奴がいるから、来てくれ、というので、一人いってみれば、果たしてそいつだった。
言い分はこうである。「お前たちの態度に俺は傷ついたから、土下座せよ、それが嫌なら殴らせろ」
なるほど、Hは簡単に土下座して俺を呼んだんだな、と理解した。あいつはそんなところがある。妙に淡泊で、土下座なんか屁とも思ってない。実利主義的である。
ところが俺は、ここで土下座したら後輩に示しがつかないし、かっこ悪い。もちろん公開土下座ではないので、誰も俺がここで土下座をしたところで見てないわけだから、示しがつかないってことはないかもしれないが、プライドが許さないではないか。
それは確かに奴に対して傷つくようなことはいったかもしれない。多分いっただろう。だからといって土下座はないだろう。絶対的に拒否した。
それなら殴らせろ、ということになるのだが、それももちろん嫌だし、ケンカになるのも馬鹿らしい。それも嫌だと拒否した。
「時間をやるからどっちか選べ」と奴は言った。
俺は足を広げ、腕を組み仁王立ちになって、奴を黙ってにらんだ。奴は何度もツバを吐きながら横目で俺をにらんだ。ツバの吐きすぎはタバコの吸いすぎだろう。
結構な時間が過ぎた。俺もしびれを切らして奴に「確かにお前を傷つけることを俺はいっただろう。それは謝る。だが土下座するほどのことではあるまい」といった。
それに頭にきた奴は殴りかかる様子を見せたが振りだけだった。少しこちらをびびらせたかったのだろう。見事にそれに引っかかって無様に反応してよけてしまった。
それからまた再び黙りあいである。
誰かとめに来てくれればいいのに、誰もこないし、きても無視して通り過ぎるだろう。
やがて奴がしびれをきらしていった。「もう許してやる。Kさんからもお手柔らかにしてくれよ、っていわれてたから。Kさんに免じて許してやる」
といって去って行った。
持つべきものは友である。Kとはクラスメイトのことであった。奴とKがどういう関係にあるのかは知らないが、奴もこの膠着状態を破るためのダシにKの名前を出しただけのことに違いなかろう。おかげで俺のプライドは保たれた。
部室に戻るとHが笑いながら皆とトランプをして遊んでいた。