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16の思いも天にのぼる②寿久(1)

松本寿久は、広にとって最初で最後の心服の友だった。
 広が交通事故に遭う、直前に一緒に塾から帰り、
「また明日」
と最期の言葉を交わした。
 広が事故に遭った翌日、何も知らない寿久は、欠伸をしながらいつもと同じ時刻に学校に着いた。
 いつもはこの時間帯に、広と彼女の後姿を校門で見るのに、今日は彼女の小さな後姿しかなかった。
(どうしたんだろう。喧嘩? いや喧嘩していても一緒に来るもんなぁ。広、休みかな)
 そう思いながら寿久が、教室へ行くとやはり広の姿はなかった。
(遅刻が休みか。それにしても珍しい)
 寿久は広の机を見てから、彼女の方を見て思った。
 心なしか彼女が少し暗く見えた。
 クラスにほとんどの生徒が登校してきた頃、校内放送がかかった。
「これから臨時の全校集会を行いますので、生徒のみなさんは速やかに体育館に移動してください」
(この暑いのに、臨時全校集会かよ。かったるいな)
 そう思いながら、体育館へ移動した。
 いつもと変わらない学校。体育館に集まった生徒たちは話したり、ふざけあったりしている。
生徒たちが騒いでいるのを、いつものように先生たちが注意し、次第に騒がしかった体育館がおとなしくなっていく。それに合わせ校集会が始まり、校長の挨拶が始まった。
(校長のお出ましか。長くなるな)
 欠伸をしながら思った。
校長が挨拶をし、その後長い沈黙が続いた。
少し様子が違う様子になぜかわからないが、胸騒ぎを覚えた。
長い沈黙の後に、校長が少し震えながらはきが出した言葉に、欠伸が止まった。
「みなさんに残念なお知らせがあります。二年生の湯本広君が昨夜、交通事故に遭い亡くなりました」
(え、ちょっと待って。広が交通事故)
 寿久の頭の中は、混乱していた。校長はまだ話を続けているが、もう話の内容は頭の中に入ってこなかった。
そして昨日のことを思い出していた。
「広、今日何点だった? 」
「九十八点。寿は?」
 ライトで前を照らしながら、二台の自転車一列になって進んでいく。
「八十点。はぁ、今日もだ」
 溜息を吐きながら、寿久が言った。
 前を走る広が、後ろに届くような、少し大き目な声で話しかける。
「今日も怒られんのか。相変わらず、寿の母親は厳しいな」
「九十点以上取らないと、鬼だからな」
「鬼かぁ、いいなぁその言い方」
 そう言いながら、広が笑った。
「人事だと思って。……あ、そうだ。明日ないし、行かない? あ、しない? 」
 寿久は舌足らずの上頭の中で話してから言葉を発するため、よく相手に話している内容が分からないと言われる。
 しかし広は、そんな寿久の話を理解できる唯一の存在だった。
 二人はもう十年の付き合いになる。
「そうだな、明日は塾も部活もないよ。美奈子は塾だから、デートもないし。久々遊びに行くか」
 そう言ってから、広は笑った。
「それにしても、寿、お前主語と言うものを知っているか? 」
「馬鹿にするな。知っているよ」
「してないよ」
 そう言った広の肩は後ろからでもわかるくらいに、揺れている。
「やっぱ。馬鹿にしている」
 寿久が少しふくれながら言った時、ちょうど分かれ道に着いた。
「そんなことないって。それじゃぁ、明日学校で」
「おう。また明日」
 二人は軽く手を挙げて、それぞれの家へ向かった。
 しばらくして寿久の後方で大きな音が響いた。間もなく救急車のサイレンの音がしていた。
 寿久はふと我に返った。
(あの大きな音は、広が事故に遭った音だったのか? サイレンはそれで聞こえてきたのか? 何で、見に行かなかったんだろう)
 後悔と、広の亡くなった恐怖と信じられない気持ちで、頭が回らなくなっていた。
 頭の中には昨日聞こえてきた、サイレンの音が鳴り響いている。
(広がいないのは、生きていないからで、昨日までの広はいなくて、またね、はもうできなくて……)
 『死』そんなこと十六年生きてきて、一度も考えたことがなかった。それが突然目の前に突きつけられた。しかも一番大切な人に降りかかったことで。
 全校集会は、気が付くと終わっていた。

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