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16の思いも天にのぼる ①美奈子(4)

まだ新しい夏服の制服を着た広に、緊張しながら美奈子が言った。
「わ、渡辺美奈子は、湯本広君が好きです。付き合って下さい」
 二人だけの公園に美奈子の震える声と、セミの鳴き声だけが響いている。
 高校一年生の夏、美奈子は人生で初めて好きになった人に、初めての告白をした。
 美奈子は緊張と夏の暑さのせいで、さっきから汗が止まらない。
 しばらくの間、セミだけの世界になった。そのセミの世界に、広の声が割り込んできた。
「わ、わたくし湯本広は、渡辺美奈子さんが好きです。喜んで、お付き合いさせていただきます」
 恥ずかしさで、広は少しおちゃらけながら返事をした。
 広も緊張と暑さのせいで、額に汗を光らせていた。
 その日二人は、人生で初めて人と付き合うことが出来た。そして、しばらく沈黙があった後、広が美奈子の手を握った。お互い、汗で湿っていたけど、幸せだった。
 一年も前のことが、まるで昨日のことのように感じられた。美奈子は急に寂しくなって、スカートの裾を掴んだ。すると、さっき渡された手紙の感触が伝わってきた。
 ポケットに手を入れ、手紙を取り出した。
 取り出して見た手紙の封筒には、下手くそで、でも丁寧に渡辺美奈子さんへと書かれていた。
 美奈子はその見覚えのある字に誘われて、のり付けされた封筒を開け、手紙を広げた。
 それは一年よりも前に書かれた、広からの手紙だった。
【渡辺さん、君は俺を知らないと思う。何て言ったって入学して、二日目だからな。が、俺湯本広は、貴女を良く存じておりますぞ。なぜか、それはストーカー……ではなくて、入学式の日、一目ぼれをしてしまったのだ。少女漫画風に例えると、十五の春、彼女と出会った。桜の花びらが二人の出会いを祝福するかのように舞った。……、い、今のは、気にしないでくれ。あんまりよくなかったから。
ラブレターなんて書いたことないから今一どう書けばいいか分からないんだ。本当のところ。
と、言い訳はその辺にして、本題に入る。
 まぁ、そんな訳で、俺は君を好きになったんだ。
俺の初恋だ。君が、笑うと心が躍り出してしまうんだ。だから、その責任を取って、俺と付き合って下さい。嫌だと言ったら、本物のストーカーになってしまいますぞ。
 もし付き合ってくれるなら、四つのことを約束します。あ、本当にストーカーにならないから安心してね。
 では四つの約束を言います。
一、俺は毎日幸せでいる
二、いつも一緒に帰る
三、労働は全て俺がやる
四、君を先に死なせない
 もう、一つは確実。君といられたら喧嘩しても、幸せでいられる自信がある。
 二つ目は、もしかしたら守れない日があるかもしれない。すまん。部活で遅くなったりしたら、帰れないかもしれないからね。
 三つ目は、守りますよ。貴女に苦労なんてさせません。
 四つ目は、俺の願望。死ぬ寸前まで貴女を見ていたいっていう。あ、俺少しきもい?
 もし本当に俺が先に死んだら受け入れろ。俺は、いつまでも貴女の傍にいるのでよろしく。俺は君の笑顔が好きなんで、泣いてないで前へ進んで欲しい。
って縁起の悪い話になってしまった。
 どうだ、俺と付き合う気になったか?
 返事はいつでもいいぜ。いつまでも待っているんで。では、この辺で。
 いつも君の近くにいる〈席が近い〉湯本広】
 美奈子は読み終えると、綺麗にたたみ封筒に戻し、丁寧にポケットに入れた。
「馬鹿じゃない。広。こんなラブレター、広のこと知らない人だったら、引くわ。」
 美奈子が少し微笑みながらつぶやいた。それから左手に持っていた一年記念のプリクラを見つめた。
【美奈子の笑顔が好き。】
【広の私だけに見せる顔が好き】
 一人ずつ撮って、お互いの一番好きな所を書き合ったメッセージがにじんだ。
 次ぎから次へとこらえていたものが、あふれ出してきた。
「広、戻って来てよ。今なら好きな所は全部だって書けるよ。おちゃらけてる広も、喧嘩して悪口言い合ってる時の広も、私の笑顔が好きだって言ってくれる広も、全部全部大好きだよ。だからお願い、戻って来てよ……」
 美奈子の涙は止まることを知らなかった。
 美奈子の美しい泣き声が夏の空へ吸い込まれて行き、涙は宝石のように光りながらほほを伝わり、渇いた土に潤いを与えた。
 一しきりに泣き終えると、思い出の公園を後にした。 

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