16の思いも天にのぼる ①美奈子(5)

 戻る予定ではなかったが、広の体との最後のお別れのために告別式へ行った。
 数日前の臨時ホームルームでだれが代表の人が告別式で、広に手紙を読むか決めた。
 始めは、彼女である美奈子が適切であるという意見が出たが、美奈子がぶっきらぼうに「嫌」とだけ言って断ったため、広と仲の良かった級友が読むことになったのだ。
美奈子は、「嫌」と言うだけが精いっぱいだった。
それ以上言葉がでなかった。やっとの思いで作り出した声だった。
 目立つことが嫌な上に、広への想いをみんなの前で語るなんて、美奈子にはできなかった。それにそんなことをしたら、死を受け入れることになってしまう。それは美奈子にとって苦痛以外の何ものでもなかった。
 戻った告別式で、美奈子の眼はまっすぐ前を見据えていた。そして断ったことを少し後悔していた。
 美奈子が、数日前の一連の流れを思い出していると、代表者の手紙の読み上げが始まった。
 代表者の挨拶の間美奈子は、自分の書いた手紙を頭の中で広げた。
【広へ
 今日は何で学校へ来ないのかなぁ、って考えちゃった。
 広は、昨日葬式屋に行ったんだもん来るはずないよね。私って本当におっちょこちょいだね。
 あぁ、そうだ。このおっちょこちょいの性格をよく、広にからかわれてたっけ。
 見た目はクールビューティーなのに中身ポンコツって。でもそこがまた好きだったんでしょ?
 私はね、見た目二枚目、正義感強いけど、実は寂しがり屋で三枚目なそんな、ところ大好きだったもん。
 私だけにしか見せないあの笑顔も真剣な眼差しも全部、全部好きだよ。
 私みんなからクールだねって言われるけど、そんなことないんだよね。
 広はそこを見破ってくれて、私の笑顔が大好きってよく言ってくれたよね。本当に嬉しかったんだ。でももう、そう言ってくれる広は居ないんだね。
 寂しくて不安で悲しい。今正直色々な感情が入り混じっていて、頭の中が整理ついてないや。
 それにしても広のいない教室って、本当に不思議。高校入学してから一回も休んだことがないからかな。
 広、そう言えば言っていたよね。中学校は、たまにずる休みしていたって。でも高校に入って、私と出会ってから、毎日会いたいから休まず来るんだって。格好つけながら言っていたよね。でも、今日休んじゃったから無欠席にはなりません。
 あんな格好つけて、ご立派そうに言っていたのに来ないなんてどういうことよ。
 明日は来てよね。「おはよう」って声かけてよね。明日待っているよ。
                        渡辺美奈子】
 頭に広げた手紙を折ると、代表者の挨拶も終わっていた。
 告別式が終わり、お別れの会に入った。
 一人一人が棺に、花を添え始めた。
 美奈子の番が来た。ゆっくり棺の中を見た。そこには2人の時の広とも、友だちと一緒の時の広とも、安置室の時の広とも違う顔があった。本当に奇麗な顔だった。
 広の顔を見て、愛おしそうにほほ笑んだ。
何日ぶりの笑顔だっただろう。あの手紙が美奈子の、閉じ込めていた心の扉の鍵だったかのように、心が解放されていた。
 すぐ近くに広からの手紙をくれた級友がいたので、お礼を言うと、自然と笑みがこぼれた。
美奈子は急に肩が軽くなり、広の眠っている棺を見つめた。棺を閉める音が、美奈子と広の思い出を堅く強く結び付けてくれることを信じて……。
 美奈子は、広の親族たちに許可をもらい、火葬場へ向かった。
 広の後を追って。
(広、私最後の最後まで広に頼っちゃった。ごめんね。不甲斐ない彼女で、これからも、何かあるたびに、広を頼ると思う。本当に不甲斐ないね)
 美奈子は、心の中でそう呟いた。
(そんなことないよ)
 風の音に混じって広の声が聞こえた気がした。
 ふと振り返ったが、広はやはりいなかった。
(気のせい……? ううん。違う、広は一緒にいるって言っていたもん。きっと広だ)
 ここ数日暑苦しいと思っていた夏の風や日が、急に愛おしく、清々しく感じられた。
 広は親族に見守られ、火葬された。これが、本当に広の体との別れの時。
 空は雲1つない快晴だった。まるで広の新たな門出を祝福するかのように、綺麗な夕日が顔をのぞかせていた。
(広、私は一生広のことが好きだよ。ずっと見守っていてね。私にとって広は私に恋を、人を愛することを教えてくれた人だったよ)
 天に昇って行く広を想いながら、美奈子は心の中で呟いた。
「広、私を好きになってくれてありがとう」
 それに応えるかのように風が優しく美奈子を包み込んだ。
(ありがとう。ずっと、ずっと大好きだよ。ありがとう。ありがとう……)
 火葬が終わるまで、美奈子は待合室の窓から外を眺めながら心の中で言い続けた。
 一年後、美奈子は大学受験のための勉強をしていた。
 蝉の声が今日も響いている。
 美奈子は広が亡くなってすぐに、好きな人は出来なかった。
すぐには作る気もなかったし、受験勉強もあってそれどころではなかったのだが。
 しかし、確実に美奈子は前へ進んでいた。十六で止まってしまった広の時と共に。
 美奈子の机の一番上の鍵の掛かっている引き出しに、今も広は住んでいる。広が最初で最後に書いた愛しい人へのラブレターや、美奈子と撮った沢山のプリクラと写真。そして桃色の口紅と共に。
 美奈子は首からかけた鍵を使い、たまに広に会いに行っている。
 人を好きになる大切さを思い出すために。


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