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銭湯の煙が揺れる

大都会の片隅で銭湯の煙突が嘆いている。
「はぁ。私も高く綺麗になりたい」
 銭湯の煙突の周りは綺麗なオフィスビルや高層マンションが立ち並んでいる。
「昔はここら辺では、一番背が高くてだれよりも立派だったのに」
 銭湯の煙突がある一帯は、昔はのどかな田園風景が広がっていた。いつからか、開発が進み人が集まるようになった。
「最初は人が集まるようになるから、私の出番も増えると思ったから賛成してたのに」
 煙突はため息をもらして、煙を揺らした。
「人は集まるようになったけれど、私を必要とする人が減ってしまって、めっきりお客さんも来なくなってしまった」
 綺麗な高層マンションに映る、すす汚れた自分の姿を見て、銭湯の煙突は深くため息をついた。
 まだ綺麗で一番背が高かった頃の自分を思い出していた。
「銭湯に来たお客さんは、必ず私を見上げて『立派な煙突だ』って言ってくれたっけ。だけど今じゃ、銭湯に来る人が少なくなった。それどころか、私を見てくれる人はいなくなってしまった」
 銭湯の煙突は寂し気にして、煙を風に任せて空へ流した。
見れば見るほど立派な建物に、圧倒される毎日を送っている銭湯の煙突。肩身が狭くて、窮屈だ。
 息苦しくて、古い煙突はたまに軽く爆発するかのように、煙を吐く。
煙突はいつも昔と今を比べては、落ち込み、他の建物と見比べてはへこんでいた。
 建物は年々新しくて綺麗で立派ものが増えていく。
 銭湯の煙突は置いていかれている気がして、とても寂しかった。
「私の気持ちを分かってくれる人なんて、誰もいない。私のことを気に留めてくれる人なんて、誰もいない」
 煙突は言って、煙をゆらゆら揺らし、高層ビル群を見上げては、涙していた。
 秋から冬へと季節が移ろい始めたが、銭湯の煙突は寒さでしかもうそれを感じることが出来なくなっていた。
 自然に溢れていた頃は、鳥が季節を歌いながら教えてくれた。鳥だけではない。虫や木々が、音色や色で教えてくれた。
「昔はよかったな。毎日が楽しかった。好奇心に満ち溢れていた。でも今じゃ、私よりきれいで高いビルを見上げるだけの毎日だよ」
 煙突は煙をビルに向けながら、ビルをきっと睨んだ。
 新しいビルが完成したのと共に、本格的な冬が来た。
「また新しい建物が出来たよ。私をバカにするものがまた増えたよ」
 煙突が呟いている時だった。下から元気な男の子の声が聞こえてきた。
「お父さん、銭湯すごく気持ちがよかった」
「そうだろろ。来てよかっただろ」
「うん」
 元気いっぱいなその声に、銭湯の煙突は久しぶりに下を向いた。
「この銭湯は、お父さんがお前くらいの時によく来てたんだよ」
 お父さんは上を見上げた。そして煙突を指さしながら言った。
「この煙突も、お父さんが子供の頃からずっとあったんだよ」
 子供は銭湯の煙突をしばらく見てからこう言った。
「すごく、かっこいいね」
 煙突は思ってもみなかったことを言われたのでびっくりして、煙を吹き出した。
「そうだろ。この煙突に見守られてお父さんは大きくなったんだよ」
 お父さんは煙突に笑顔を向けた。
 子供とお父さんは2人で、しばらく銭湯の煙突を見上げてから、手を繋いで帰っていった。
 煙突は子供の声で久々に下を向いた。
 自分より下には、クリスマスツリーを飾った昔からある商店街、木が丸裸になった小さな公園、シクラメンが咲いた古ぼけた木造住宅などがあった。
 季節はそこにあった。昔から変わらないものがそこにはあった。
「変わったのは、街だけじゃない。私の心も変わっていたんだ。上ばかり見て、肝心なことを見落としていた。だれかと比べるためにいるんじゃない」
 銭湯の煙突は頷いた。
「今も今で捨てたもんじゃない。変わらないものだってあるし、変わって行くものがあってもいいじゃないか。1人でも私を見てくれた人がいたんだから、それだけで私は幸せものだ」
 銭湯の煙突は煙を優しく風に揺らした。

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