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16の思いを天にのぼる ①美奈子(1)

 一、美奈子

渡辺美奈子は広の、最初で最後の広の、想い人だった。
お互いに最初にできた恋人だった。
 そんな二人は事故の前日デートをして、付き合い始めて一年になるので、記念のプリクラを、撮ったばかりだった。
 美奈子が広の訃報を知ったのは、その日の真夜中だった。
 しんと静まり返った部屋に、美奈子の携帯電話の音が響いた。
広におやすみメールを送る途中だった。
着信を見ると広からの電話だった。美奈子は嬉しかったが、よくわからないが胸騒ぎがしながら携帯に出た。
「もしもし。広こんな時間にどうしたの? 」
 電話は無言のままでいる。
 いつもの広の悪ふざけだと思い、
「私の声聞きたくなっちゃった? 」
と、ふざけ半分に言った。
 それにも返答はなく、しばらく沈黙が続いた。いたずらがすぎるなと思うっていると、女性のすすり泣く声が聞こえてきた。
 美奈子は驚いて携帯を強く握りしめた。
(だ、だれだろう)
「美奈子ちゃん? 」
 携帯からやっと一言声が漏れた。聞き覚えのある声に対して、緊張して一度大きく呼吸をしてから慎重に返事をした。
「はい。そうです」
「わ、私、由美です。あの、広の姉の」
 由美は、携帯越しに泣いているようだった。
 広の姉が、広の携帯から電話をかけてきたことに、極度の緊張を覚えた。嫌な予感が、美奈子の頭から足の先までを支配する。
「由美さん。こんな時間にどうしたんですか? 」
 美奈子の問いかけにしばらくして、やや取り乱した様子の由美から返答があった。
「落ち着いて聞いてね、ひ、広がね、交通事故に遭って、亡くなったの」
 ヒロシガナクナッタ
 美奈子はその言葉に挙措を失った。
美奈子は呆然としながらも何とか話に集中した。
「病院の場所はどこですか?
「な、亡くなって、四時間くらい過ぎて、バ、バタバタしていたから、今やっと電話ができたの。美奈子ちゃんには伝えなきゃと思って電話したの。広はもう隣町の葬儀屋の遺体安置室に」
 遺体安置室と聞いて、現実を突きつけられた気分になった。しかし美奈子は、ぐっとここみあげてくる感情や涙をこらえ、慎重に言った。
「どこの葬具屋ですか? 今から行ってもいいですか? 」
 鼻をすする音が、電話越しから聞こえてくる。
「もう0時を回っていて、こんな遅くに危ないから、明日学校帰りに来て」
「大丈夫です。すぐにでも広さんに、会いたいんです」
 美奈子の勢いに押されて言った。
「わ、分かった。葬儀屋の名前言うわね」
 由美の話が終ると、携帯で場所を確認し、パジャマのまま自転車を葬儀屋に走らせていた。
 心臓が口のすぐ近くにあるのではないかと思うくらいに緊張していた。
 ドクン、ドクンと心臓の音が美奈子をせかす。
 葬儀屋に着くと由美が、玄関口にいた。
 美奈子は由美に案内された部屋へ、走って行った。
 夜の葬儀屋は静かで暗くて、不気味な怖さがある。
 部屋に着き中に入ると、広がベッドの上で横になっていた。白い着物の様なものを着ていた。その布の白さが、部屋の暗さを引き立てる。
 広の周りには、広の親族がいた。
 しんとした病室に、美奈子のおぼつかない足音が響く。
 由美が美奈子にしがみついて、静かに泣いた。
 広の母親が、手招きをしてきたので近づいて、広を見つめた。
 ベッドに横たわっている広は、美奈子が広を好きになったきっかけの顔のまま、静かに目を閉じていた。
 美奈子には信じられなかった。こんなに奇麗な、顔なのに死んでいるなんて。
 広の母親が生気のない声で言った。
「信じられないでしょ。見た目は、どこも負傷していないのに」
 それ以上は、何も言わなかった。いや、言えなかった。母親はそのまま泣き崩れた。
 美奈子は広の手をそっと握った。
 広の手は硬く冷たく、美奈子の心まで冷たくさせた。
「学校では、あんなに暖かかったのに。あれは、嘘だったのか。それとも今が……」
 広の顔を見てから、いやに冷静になっていた。
(こんなに奇麗な顔なのに、私の好きな顔なのに何かが違う)
 広の顔は今、ただの顔になっていた。
 それでも美奈子は好きになった、その人の顔を見つめていた。見つめながら自分は、広の全てを好きになっていたことに気がついた。
 親族にお礼を言い部屋を出る時、もう一度広を優しく見つめた。
家に帰ると、朝三時過ぎを時計が指していた。
電気も点けず薄暗い部屋のベッドの上で、去年一緒に広と行った、有名なテーマパークで買った思い出のお菓子の缶を開け、乱暴にプリクラを広げた。
その中から、昨日撮ったプリクラを拾いあげた。
プリクラの中で、広は白い歯を見せて笑っている。その横では、これでもかというくらい幸せそうに美奈子自身も笑っていた。
 一年目という文字が切なかった。

   

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