自動販売機のヒミツ(落選作品)童話
ある真夏の夜のこと。一(はじめ)くんは寝苦しくて、目が覚めました。気分転換のため、部屋のカーテンを開けました。
何となくずっと使われていない、たばこの自販機に目をやると、煌々と光っているではありませんか。目をこすりながら言いました。
「寝ぼけているのかな」
自販機を再び見ましたが、やはり自販機はまばゆいばかりに、光っています。
一くんが興味深く見ていると、自販機の取り出し口から、角が覗きました。それは七色に光輝く馬の角でした。
「えっ、ユニコーン⁉」
馬の正体は、絵本で何度も見たユニコーンでした。一くんは息を飲みました。
次から次へと、自販機の入口から様々な生き物たちが姿を現しました。今まで読んだ本に載っていた、不思議な生き物たちです。
一くんはその様子を、固唾を飲んでじっと見守っていました。
小人、ケンタウロスにドラゴン。
ユニコーンが視線を感じたのか、一くんの存在に気づき、羽をバタバタさせました。
他の生き物たちも、一君の存在に気づき、あたふたしています。
つられて一くんも、顔を出したり隠したりしました。
「殺される?連れ去られる?記憶を消される?姿を変えられる?」
一くんの頭の中に、悪いことばかりが浮かんで消え、また浮かびます。とんでもない秘密を見てしまったと、思いました。
「殺されるのか、それとも記憶を消されるのか。いや本の読み過ぎで、幻を見ているのか」
一くんが頭をフル回転させながら、苦い顔をしていると、ユニコーンがコインの入り口に、何かを入れました。
ボタンを規則性があるよかのように、慎重に押していきます。押したボタンが全て光ると、取り出し口から何かが出てきました。
頭が3つに、身体が異様にでかい不気味な生き物。
一くんにはそれが直ぐ、トロールであることを理解することができました。
トロールは怪力の上、凶暴な生き物です。
3つの顔がキョロキョロし、同時に6つの血走った赤い目が、一くんを捉えました。
一くんの身体は棒になり、心臓だけがけたたましく動いています。
トロールはゆっくりと、歩きだしました。
巨大なトロールの足がつく場所は、一くんの幼馴染の家です。心臓がさらに勢いをあげて、一くんの胸を叩いてきます。
一くんは、目をつむり祈りました。目を開けると家は壊れておらず、足はすっとすり抜けていました。
一連の光景に、思考は迷路みたいです。
巨大なトロールにとっての小さな2歩で、一くんの家に着き、しゃがみこみました。
トロールは肩をあげ胸を開いて、呼吸をしました。瞬間、あまりの臭さに一くんは、気絶しそうになりました。
ヘドロの臭いが、部屋中に広がりました。
1つ目の顔が、話しかけてきました。
「やぁやぁ、こんにちは、小さな紳士。今宵は満月でキレイですね」
キレイな言葉遣いに、一くんは少し拍子抜けしてしまいました。が、間髪入れずに顔が回転して、他の顔が険しい顔をし、怒号を浴びせてきました。
「こんな時間まで起きているガキは、お前か。秘密を知って得意げか。それとも俺様を見て怯えて、ションベンもらしたか」
不意な威嚇に、ガクガクと震えました。またすぐに、顔が入れ替わり3つ目の顔が真顔で語りかけてきました。
「君は偶然見てしまったのだよね。みんな御覧の通り、混乱状態さ。ぼくらはあのアパートの管理人。……さてどうしたものか。」
腕組をし、顔をぐるぐると回しています。
一くんは、唾を飲みこんでかすれた声で、言葉を発しました。
「ぼ、ぼくはどうなっちゃうのかな」
「アパート規約には、人間に見つかった時の対処マニュアルが載ってないのです。ですので、判断をしかねているところでございます」
直ぐにどうこうなるということはないらしく、一くんは少し肩の力が抜けました。
「なにほっとしてやがる。対処が決まってないってことは、握りつぶすこともできる」
「なにを言っているの。子どもを怖がらせてはいけないよ。安心して、そんなことしないから。トロールは凶暴な妖精と思っている人たちが多いみたいだけれど、自ら暴力を振るわないさ」
「いささか、この体勢がきついので、姿を変えますか。それに私たち3人で同時に話しますと、小さな紳士がとまどってしまいますし。ここは、私に任せてください。お2人は様子を見ていてください」
トロールが、もやに包まれたかと思うとすぐにもやは薄れ、燕尾服に身を包んだ人間の紳士が、頭をペコリと下げてきました。
つられて一くんも、軽く頭を下げました。
紳士の目は、深い碧色をしています。
一くんが目に見とれていると、紳士が口を開きました。
「トロール第1の顔の、ノアと申します」
「えっと、ぼくは一、です」
「ふふふ、初めから3人ではなく、一対一でお話しすればよかったです」
頬をなでるような声に、一くんは肩を撫でおろして言いました。
「色々なことが、起こりすぎて頭がついてこないや。変身できるのは、本で読んだことがあって知っていたけれど、本当にできるんだね。それにお話に出でくる生き物が、たくさんいるけれど」
塊ながら一くんを見ている、生き物たちに、一くんは目を移しました。
「見られるなんて思ってもいなかったので、見られたことが夢であって欲しいです」
そう言って、ノアは静かに笑いました。
「普通は、見ることができないの?」
「普段は。私たちは人間から見られないように、魔法がかかっています。たまにその魔法が薄れて、人間に一瞬姿を見られたと、いう話を聞いたことはあります。しかしこんなにたくさんもの姿が見られたということを、聞いたこともありません」
一くんは特別な瞬間を味わっているんだと思いながら、弾む声で聞きました
「もしかして、本に出てくる生き物は、想像じゃなくて、魔法が薄れた時に、見た人が描いたのかな」
「もしくは、昔は人と共存をしており、その時の私どものことを覚えている人が、語り継いできたのかもしれません」
「共存していたの⁉」
一くんは顔が高揚し、鼻息を荒くしました。
「ですが人間から見て、珍しいわたしたちを、売り物にする人間が現れ始めたのです。そこで身の危険を感じた我々は、少しずつ人間たちから離れ、生活を送るようになりました。九尾様のお力で我々の姿が、人間から見えなくなっているんです」
「九尾って本当にいたんだ」
ノアはちょっと大げさな口調でいいました。
「おや、貴方は大変私どもに詳しいのですね」
「不思議な話やできごとが大好きで、世界中の想像上の生き物が出てくる物語や図鑑を読んできたからね」
「一さんは読書家なのですね。」
少し胸を張りながら、一くんは聞きました。
「でもあちこちの国の生き物が、何でたばこの自販機に住んでいるの」
ノアは少しの間目をつむりました。しばらくして、静かに目を開き、小さく頷きました。
「私どものことを、秘密にしておくことはできますか。私たちは危害を加えません。住む場所を、追われなければ、それでいいのです」
色々な体験をしながら、生きてきた生物たちのことを一くんは思いました。
「誰にも言わないよ。絶対に秘密にする」
吸い込まれそう瞳を見つめて、力強く言いました。
「一さん相手だと、不思議と話やすくて九尾様の話までしてしまいましたし、もう少し自分語りをさせていただきます」
少し間があって、ノアは語り出しました。
「私どもは最初人間たちとお互いを尊重し、敬いながら生活をしていました。しかし先ほど言ったような人が増え、我々をお金として見るようになってからは、自然の中で生きるようになりました。人間たちは、私たちのことをいつしか、忘れるようになりました」
一くんは黙って唇を、ギュッと結びながら聞いています。
「人間はその内、住処を拡充し自然に手を出し始めました。我々の住む場所は少なくなってきました。それでも生きていきたいと、強く望みました。自然が減っても、増えていく物に目をつけました。それが、ゴミです」
「たばこの自販機もその1つってわけか」
腕組みをして、一くんがうなりました。
「ええ。九尾様は我々が不自由なく住めるように、中の環境を整えてくださいました」
「撤去されたらどうするの」
「撤去されたら、また新しい物を見つけるまでです。人間は自分にとって、魅力や使い道が無くなると、平気で捨てます。そのまま放っておくことが大半です」
一くんは静かに、目をつむりました。
ノアは手を広げ、高らかな声で言いました。
「自然界より、よっぽど住む場所に困りません。山道では、捨てられた廃車やテレビなども住処になります。自販機アパートには、10年くらい前から住み始めています」
平気でゴミを捨てる人間。環境や状況に合わせて、暮らそうとする生き物たち。
一くんは今まで感じたことのない、気持ちがボウボウと燃えているのを感じました。
「私どもにとっては宝の山です。廃車やパチンコ台などは、一等地です。人間界でいう高級住宅街の一軒家です」
イキイキと話すノアにつられて、一くんの心の炎は小さくなりました。
「自販機はアパートって、言っていたよね」
微笑を浮かべ、ノアは軽く頭を下げました。
「なんだか、海のような人だな」
頭に浮かんだ言葉がそのまま一くんの口から、自然と流れ出ていました。
「なんて嬉しいことを、おっしゃってくださるのでしょう。海ですか……。もう数百年見ていませんね」
「じゃぁ、見に行こうよ」
普段の一くんからは、考えられないくらい大胆に、言葉が出てきます。
「見に行くか。考えもしなかったです。ずっとあちこちで何千年と管理人をしていたので、私が出歩くことなん頭になかったです」
一くんは朗らかな顔をして、言いました。
「みんなで行こうよ」
その提案にノアは、イキイキと笑いました。
「冒険心の強いお方。久々に胸が高鳴ってまいりました。星がさんざめいて、夜のプチ旅行にぴったりの日ですね。暑苦しい季節に海とは、まったくもって、名案です」
ノアはフワッとジャンプをして、屋根から屋根へ飛び移り、自販機へ戻りました。
ノアが手振り身振りで、話をしています。ノアの話を聞いて、いろめきだった一行は、一くんの元へ来ました。
ペガサスがそっと口に一くんをくわえて、自分の背中に乗せました。
夜空の散歩。一くんが恋焦がれていたことです。それに不思議なご一行と、一緒です。
星に照らされ、たまに薄く見える雲が、不思議な感覚をより強くします。
ペガサスの背中は思っていたものとは、違いゴワゴワしていました。動物園で触ったカピバラを彷彿させます。
翼は七色に輝いていますが、不思議と眩しくありません。星の方が眩しいくらいです。
みんな喋っている言葉を、一くんは聞き取ることができませんでした。耳をそばだてると、みんながそれぞれ違う言語操っていることに気がつきました。それにも関わらず、ちゃんと通じ合っているようです。
一くんには言葉が分からないので、ぼんやりと、ペガサスの背中に人差し指で円を描きました。
「くすぐったいよ」
ふいに、人間の言葉がしました。一くんは円を描いたまま、周りを見渡しました。
「くすぐったいってば」
確かに聞こえてきたその言葉は、ペガサスの口から生まれてきていました。
ペガサスは人間の言葉を操れるのかなと、体勢を崩しながら、ペガサスの目を見ようとしました。
気が付いたノアが、柔らかく言いました。
「私どもは、違う言語を操ります。でも話したいと思った相手には、相手の使う言語に変換されて届くのです」
一くんは、ゆっくりと自分の言葉で、ペガサスに話しかけてみました。
「くすぐったかったかい。ごめんね」
「ふふふ、大丈夫だよ。こんなに柔らかくて、温かい手に触られたのは、何千年ぶりか」
確かに言葉が伝わっています。一くんは弾んだ声で、話しかけました。
「ペガサスさんは、いくつなの?」
「途中まで数えていたけれど、年を数えるほどつまらないものはないさ。何年生きたかより、どんなことをして、どんなモノと出会って、何を食べ、何を感じてきたかを考える方がずっと有意義さ」
一くんは深く頷きました。
「僕もそんな風に考えたいな」
「そう思った時から、変えられる。考え方の芯が変わらなくても、柔和になれればそれでいい。頑なに自分の考えに固執しちゃダメだ」
一くんはうんうんと頷くことしかできません。ペガサスが澄んだ馬の泣き声で、笑いました。
ノアがにこやかに言いました。
「おや、ペガさんが、こんなにお話しているところを初めて見ました」
「久々の海で、嬉しくなっているだけだよ」
さっきより低い声で、ペガが言いました。
「ペガさんは一さんのことを、お気に召したようです。ペガさんは、普段無口なのですよ」
それを聞いて一くんの声は、弾みました。
「気に入ってくれたんだ。ペガさんのこと僕も気に入ったよ。」
ペガは羽をわざと大きく揺らしました。羽ばたきに合わせて、星屑が散りました。
「金平糖みたい」
駄菓子屋さんでいつも買う、大好きなお菓子を思い出します。
「おれは、金平糖みたいに甘くないけどな」
ペガは上機嫌で言いました。いつもと違うペガを見て、みんなが笑いました。
ペガは顔を真っ赤にして、口を結んでしまいました。
代わりに、ユニコーンに乗った小人が、話しかけてきました。
「おれっちは、エルフ族のトビー。この後ろにいるのは、ぼくの最愛の妻、キャロル」
「こんばんは、一さん。よろしくね」
「可愛いからって、ほれちゃぁダメだぞ」
とがった耳をピクピクさせながら、トビーが言います。キャロルが、顔を真っ赤にさせ「もう」と、まんざらでもなさそうに、軽く叩いていちゃついています。
一くんは小人版バカップルだと思いながら、2人を見つめました。
「一っちも、可愛くて優しい彼女を作りな」
トビーはムードメーカーのようです。トビーが話すと、みんながトビーを見るのです。
「どうしたらトビーみたいになれるの」
トビーはウィンクをして言いました。
「彼女の作り方教えるぞ」
「そうじゃなくて、みんなから好かれているから」
高い鼻をもっと高くして答えました。
「おれっちだって、みんなに好かれているわけじゃないさ。忘れないようにしていることがあるんだ。おれっちを嫌いなやつが現れたら、その逆も絶対いてくれるってこと」
「何でその逆を考えるの」
「100%なんて、この世にはない。99人おれっちを嫌いなやつがいても、1人くらいはおれっちを好きなやつがいるって、思うわけさ。そしたら、その1人を全力で大切にしたい」
一くんは目をまん丸にしました。
ドビーは一くんの反応に、笑いそうになりました。そのままご機嫌な様子で、海へ行くまで、おしゃべりは止まりませんでした。
一くんはトビーと話していると、心の波が穏やかになるのを感じるのでした。
話しを聞いていても、他人を悪く言ったり、貶めたりすることはありませんでした。
夏の大三角形が、少し西に傾いてきたころ、一くんたちは海へ辿り着きました。
海を見ると、いっせいにかなりの高さから、海めがけてザブンと、飛び込んでいきます。
ペガが急降下したので、一くんは慌てて首に抱き着きました。
目を開けた時、一くんは海の中にいました。
息を、普通にしています。それに視界はクリアで、みんなの楽しそうな声が、鮮明に聞こえてくるのです。
一くんはペガから離れました。体がフワっと浮き、無重力の中を飛んでいる感覚がします。頭の中は今、空っぽ状態で天国にいるかのような気分になりました。
海からみんな上がると、いっせいに体を震わせました。
水しぶきが飛んで、みんな意味なく笑い転げました。そのまま浜辺に寝そべって、夜空を見上げながら、一くんは今日の日のことを忘れたくないと、思いました。
ペガが一くんの心を感じ取り、優しく頬ずりをしました。
「痛いよ、ペガさん」
眉をㇵの字にしたペガを見て、みんながまた笑いました。
パンパン
笑い声を遮るように、ノアが手を叩きました。
「さぁ、みなさんそろそろアパートへ帰りましょう。一さんだけが見えているこの瞬間も、いつ終わりになるか分かりません。帰られなくなる前に、みなさんで帰りましょう」
一くんはまた、ペガの背に乗りました。
家が近づいてくると、一くんはペガの硬い毛をぎゅっと握りました。
「寂しいかい」
ペガが優しく聞きました。
「寂しいよ、とても」
「今夜は、一だけに魔法がかからなかったんじゃなくて、一にだけに、魔法がかかった夜だったのかもね」
そう言って、ペガはまた少しだけ、羽ばたきました。
「ぼくだけに、かかった魔法か」
一くんは、金平糖に似た星屑を、今度はしっかり掴んで、ポケットにしまいました。
「今日の記念に取っておくよ」
ペガは振り返らず、小さうなずきました。
一くんは一人ずつ抱き合って、別れを交わしました。
永遠の別れになるか、また奇跡が起こるか分からないまま、目をギュッと閉じて、窓を閉めました。
ポケットを見ると、その中で、ほのかに光るペガの星屑が、少しだけ期待を持たせてくれるのでした。