閑人閑話 「Melody」 #映画にまつわる思い出
友人N君とは古い付き合いだが,もう長いこと会っていない。
彼からもらった今年の年賀状に,転職したと書かれていたのを読んで,ある映画にまつわるさまざまなことを思い出した。
小学校 6 年生のときに,流行していたラジカセを買ってもらった。
当時の子供にとってはハイテクな機器で,FM を聞きながら曲の部分だけをカセットテープに録音し,オリジナルのミュージックテープを作ったりしていた。
その頃の私は,テレビで放映される映画を見るのも好きだった。やがて,お気に入りの映画をカセットテープに録音するようになっていった。
子供が熱中したときに発揮する記憶力に支えられ,テープを聴くだけで映画のシーンをすべて思い起こすことができた。
家庭用ビデオなどなかった時代に,カセットテープで映画を「楽しむ」のは,自分にとって最高の娯楽だった。
「映画録音テープ」は仲間内でも好評で,友達に貸し出しては映画の話題で盛り上がっていた。
特に人気があったのは「大脱走」で,みんなが吹き替えのテープを聴き込んでいて,普段の会話の中でたまたま映画の台詞と同じフレーズを言ってしまうと,すぐに誰かが続きの台詞を受け持って,しばらく「大脱走」再現ごっこが続いたりするほどだった。
私は高校生を卒業するまで,国語も英語も嫌いだった。もちろん文学作品を読むことも苦手で,夏休みの課題図書は 5 ページ以上読んだことがなかった。
通っていた中学校の向かいに,市立図書館があった。学校帰りにモノ作りが好きな仲間とよく立ち寄っていた。
大抵は理工系の本しか手に取らないのに,中学 1 年のある日、一冊の小説を借りた。その本を借りようと思った理由は覚えていないが,読み始めると熱中して一気に読み切ってしまった。
生まれて初めて最後まで読んだ小説である。読み切った自分にも驚いた。
当時から、影響を受けると鑑賞側から創作側になりたがる習性を持っていた私は,まったく同じような文体の小説を書き始め,友人たちからは同じ作家の文章のようだと褒められて上機嫌になっていたりした。
中学 2 年のとき,テレビで「小さな恋のメロディ」という映画を観た。
聞いたことのない映画だったが,私はすっかりその映画の魅力に取りつかれてしまった。
世の中にはこんな映画があるのかと感動し,自分も映画を作らなければならないと決意するほど一気にのめり込んでいった。
数週間後には自主映画制作の企画を立ち上げ,脚本を執筆し,協力者を勧誘して回り,機材を揃えるためには何年分のお年玉が必要かと思案を始めていた。
偶然,その映画は録音してあり,「大脱走」や「タワーリング・イン・フェルノ」や「黄金の7人」をはるかに凌ぐ勢いで再生されていった。
中学生の 1 年間は長い。
だからすっかり忘れていたのだが,舞い上がっていた気持ちが収まってきたとき,あることに気が付いた。
去年なんとなく手にとって初めて最後まで読みきった小説は、この映画の原作だったのである。
その後,有楽町の映画館で再映されたときは、愛機のラジカセに新品のテープと乾電池を装着して観に行った。
はじめてスクリーンで観るその映画には,ちょっと違和感があった。
テレビ放映のときにカットされたシーンは余計なもののように感じられたし,吹き替えの台詞と字幕が一致しないことが頻繁におきたのである。
当たりまえの事なのだが,私とってこの映画はテレビ放映されたものが「マスター」になっていた。
この映画から受けた影響はいつまでも続いた。
家庭用ビデオが普及すると,20~30 歳代にかけてさまざまなビデオ作品を作るようになった。
やがて DVD というメディアが登場すると,この映画だけは手に入れたいと思い,毎月新作をチェックした。
しかし,日本ヘラルド配給の「小さな恋のメロディ」はなかなか発売されなかった。日本ヘラルドは作品の DVD 化に,あまり積極的ではないようにも見えた。
あるときこの映画の録音カセットテープがないことに気が付いた。間違って処分したのか,あるいは納得して処分したのかもわからなくなっていたが,私は後悔した。
映画館での上映時の音声は,ビデオや DVD にそのまま収録されている。だから商品化されるのを待てば再生することはできる。
しかし,テレビ放送と同じ編集の吹き替え版が入っているだろうか。
あのときのテレビ放送の吹き替え版が自分にとってのマスターであるのに,それを再現するには,いつかテレビで放送されるのを待つしかなかった。
しばらく時が流れたある日,N君から転職するというメールが届いた。あの日本ヘラルドの宣伝部に。
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From norishima To botaku 04/01/29
こんにちは。お元気ですか?
さて突然ですが、2月中旬より転職する事になりまして、取り急ぎ連絡。
映画の配給会社でヘラルドってとこがあるのはご存知だと思いますが、そこの宣伝部に行きます。
詳細はまたお会いできた時にでもとして、落ち着き先のアドレス等がわかれば連絡します。
このアドレスは2月10日くらいまで有効です。
norishima
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From botaku To norishima 04/01/29
どうも。
この業界のことには疎いのですが,それって大出世ですよね。おめでとうございます。ヘッドハンティングですか?
ヘラルドにいったら真っ先にやって欲しい仕事があります。
一刻も早く「小さな恋のメロディ」の DVD を発売してください。この世に DVD が登場してから待ちわびる日々が続いていますが,いまだに発売されていません(笑)。
また機会を作って会いたいですね。
新しい仕事,頑張ってください。
では,また。
■□■■ botaku
このメールの 10ヶ月後,「小さな恋のメロディ」の DVD が発売された。
もちろん偶然かもしれないし,そうでないかもしれない。
N君はかなりの待遇で転職したと噂で聞いた。私の依頼をN君が実行してくれたのだと思い,感謝した。
26 年ぶりに「小さな恋のメロディ」を観た。
中学時代のこの映画に関するさまざまなことが思い出された。
この映画に夢中になっている中学生の自分の後姿が,テレビと自分との間に見えているような気がした。そのときにどんなことを考え,どんな行動を起こしたのか些細なことまで蘇った。
なぜこの映画に感動し,なぜ自分が映画を作らなければならないと考えたのかも理解できた気分だった。
それでも,英語版のこの DVD は,私にとっては「マスター」ではなかった。
どうしようもないことだし,もうどうでもよいことだとも思ったが,メニューの中の「日本語吹替」という文字が目に止まった。
再生してみると,露出オーバーで彩度が不足したクォリティーの低い映像が出てきた。民生用のビデオデッキでテレビ放送を録画したものを、さらにダビングしたような感じだった。
こんな映像を商品に入れて売るのはいかがなものかと思っていると,オープニング曲の「イン・ザ・モーニング」がテレビ放映時と同じところで編集(カット)されていたのである。
あわてて登場人物の音声を確認すると,間違いなく中学2年の時に放映されたものと同一の「マスター」だった。
昔,N君とはよく映画談義をした。
彼に映画録音カセットテープの話しをしたかどうかは覚えていない。
もしかすると彼がその話しを覚えていて,テレビ放映版を無理やり入れてくれたのかもしれないし,そうでないのかもしれない。
いずれにしても,私は再度,彼に深く感謝した。