鈴木祐『YOUR TIME』読んだ
また意識高いシリーズ。これもかなり良い。さる超有名なインフルエンサーがおすすめしており、そのときたまたまAudible版が無料だったので聴いてみたのだ。
そしたら非常に良かったので電子書籍を購入したというわけである。
本書はタイトルからもわかるとおり時間管理を主題としている。しかし、世に流布する時間術はほとんど無効であるという不都合な事実からお話は始まるのだ。
著者は文献マニアであり、時間術がパフォーマンス向上につながらないとするエビデンスを列挙する。そして時間術は人生の満足度を上げるものであって、生産性向上よりもメンタル改善のメリットのほうが大きいと論じる。
その理由は、時間を気にし過ぎて結局は効率が下がっている、余裕がなくなって創造性が低下するという単純なものから、お手軽なタスクからこなして満足してしまうmere urgency effectまで色々だ。
そしてここで著者は、時間術が効く人が一部だけいるという事実に着目する、、、のだが、その前に時間とは何かという神学論争に突入するのであった。。。手っ取り早くノウハウを知りたい向きにはまどろっこしいだろうが、本書が凡百の時間管理術と異なるのはここなので、しっかり読むべきだ。
いきなり「過去はもはや存在せず、未来は未だ存在しない。故に時間は存在しない」というアウグスティヌスの引用から始まる。ついでにアリストテレスも。。。
時間とは私たちの意識が作り出した仮構にすぎないのではないか。事物の変化(運動とか生成といってもよい)を、時間の流れとして意識しているだけではないのか。そもそも、視覚や聴覚や触覚のような、時間を感知するための感覚器官は存在しない。
過去については記憶、未来については確率をもとに、想起または予期することで、時間なるものを後から当てはめているだけではないか。
想起や予期には確率が関わるが、人間の脳は確率をうまく処理できないので、時間を扱うのにも個人差ないし上手下手がある。
時間術はこの過去の想起と未来の予期を操作するものだといえる。想起と予期は客観的な確率ではなく主観的なものだから個体差がある。これが時間術が効く人と効かない人がいる原因だ。
予期には濃い薄い、多い少ないの2軸があり、従って4パターンに分類できる。
私自身は予期が薄くて多いほうだと思う。
予期が薄いとは未来の自分にリアリティを感じにくい、時間選好率が高いということだ。要はマシュマロ実験ですぐマシュマロを得ようとするタイプだ。
予期が多いとは、未来について思い浮かぶことが多いということだ。例えば、勉強しようとしたら、部屋の掃除などどうでもいいタスクを思い出して気が散るなどだ。
予期が薄いタイプにはカレンダーが効く。カレンダーに書き出すことで、未来の自分をイメージしやすくなる。
予期が多いタイプにはTo Doリスト型のメソッドがいい。タスクをいったん全て書き出すことで、それらが終わったような気分になり、今ここに集中できる。
想起は、誤り正しい、肯定的否定的の2軸である。
想起が誤りとは、具体的に言えば過去のタスク完了までにかかった時間や労力の計算がゆるくて、未来のタスクに必要な時間の見積もりを間違えてしまうということ。
想起が否定的とは、取り出した記憶の解釈がネガティブである傾向だ。要は過去の失敗に過度に引きずられること。
想起の誤りにはタイムログのような記録系メソッドがいい。
想起が否定的な人は、達成したこと、良かったことを毎日ノートに書くようなベタな手法が効きそうだ。
という感じで、定番から聞いたことないものまで想起と予期のタイプごとに時間術が紹介されていくのであった。
しかしここまで書いておいて、効率性を追求しても、さらに忙しくなるだけで幸せにはなれないとかちゃぶ台返しをかましてくるのが本書の素晴らしいところ。
まあ色々と書いてあるのだが、退屈を極めることが大事なのではないかと。とある大学では、学生に美術館で一つの絵画を3時間ずっと見させる実験をさせたという。当然彼らは退屈で不平たらたらだったが、次第に絵画を深く鑑賞できるようになったとのことだ。
退屈を極めることでより人生を深く味わうことができるようになるかもしれない。映画倍速視聴の対極である。またその延長線上にあるのが瞑想なのかもしれない。
以上簡単に紹介したが、時間とは何かまで踏み込んだ素晴らしい書物である。またいちいち参考文献を付してあるのもナイス。